正面右奥が鳥栖駅。左側が鳥栖ビル=鳥栖市

 鳥栖駅周辺整備で、鳥栖市は駅舎と駅周辺用地を所有するJR九州と包括連携協定を結んだ。駅西側広場用地となる鳥栖ビルの解体工事も1日から始まった。念願の駅周辺整備が事実上のスタートを切ったことを意味している。

 基本計画や協定によると、現駅舎を橋上駅に建て替え、自由通路を駅と一体化して架け替える。手狭な西側広場は現在の2・7倍の7千平方メートルに拡張する。その西側広場用地として必要になったのが、駅前の鳥栖ビル敷地1900平方メートルだった。鳥栖倉庫の協力的な姿勢で交渉はスムーズに進んだ。

 契約では鳥栖倉庫が解体し、更地にして市に引き渡す。う回路設置などの準備工事から始め、来年2月から重機を使って解体する。来年10月までの予定。

 市はこの間に駅舎、自由通路、駅前広場と、これらの整備に合わせて集約したり付け替えたりする駅前の県道、市道の基本設計を進める。市民にとって1965年の完成以来、ランドマーク的存在だった鳥栖ビルが無くなるのは寂しいだろうが、解体工事が本格化し、駅周辺整備が動き出したことを実感できるようになれば、佐賀県東部の新しい玄関口誕生への期待も膨らむだろう。

 ただ、駅周辺整備が進むのは「大きな一歩」ではあるものの、その整備効果は、駅や線路など鉄道施設で分断されてきた東西市街地を結ぶ都市計画道路を合わせて整備することで最大化する、そういう構想であったことを、ここで再度、確認しておきたい。

 その都市計画道路は3月までに方針を決める予定だったが、先送りされた。新たに福岡県小郡市との県境の九州自動車道に味坂スマートインターチェンジ(IC)を新設する計画が急浮上して事業化された。ICの設置場所やアクセス道路のコースを見ながら総合的に検討する必要性も加わったが、できるだけ早く市民に青写真を提示してほしい。

 もう一つ求めておきたいのは、築114年の現鳥栖駅舎の取り扱いである。昨年11月、市文化財保護審議会は「明治期の洋風建築を伝える九州の最も古い駅舎の一つ」として「現地保存」を提言したが、駅周辺整備基本計画では駅前広場が確保できないとして「現地保存は困難」とした。

 鳥栖の発展の基礎が鉄道にあったことからすれば市民のアイデンティティー、誇りとしての駅舎活用法を積極的に研究し検討すべきである。コストもかかろうが、後世の評価に耐えられる判断をしたい。駅周辺整備が50年から100年に一度の大事業であればこそ、明治以来、1世紀以上にわたって鳥栖を支えてきた鉄道のシンボルを敬愛しなくてはならないように思う。(高井誠)

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