来年の明治維新150年にちなみ、新聞を通じて地域の歴史を学ぶ「さが維新塾」。本紙記者による出前授業の第2回は第一中(唐津市)の3年3組です。

内田修太朗先生(最後方列左端)と3年3組のみなさん

 

■炭田の歴史、観光に活用を

 

【きょうの教材】唐津炭田の夜明け(天明年間~明治2年)

「さが維新前夜」2月11日付より

相知で掘り出した石炭を積み出した「岩栄(いわばえ)土場」の石垣。石炭を積み出す場所として、川船が集った=唐津市相知町相知

 唐津市の相知や厳木、北波多には「唐津炭田」と呼ばれる炭鉱群があった。享保年間(1716~35年)に北波多で、農民が偶然に「燃える石」を発見したことが起源とされる。
 天明8(1788)年には唐津藩が、石炭採掘に関する制度を定めて専売化。17年後には同藩管理の山で約470㌧の出炭量があり、唐津市相知市民センターの文化財担当者によると「幕末には全国40万㌧の産出量のうち、約3割を唐津炭田が占めた」。
 幕府は元治元(1864)年ころ、唐津地域の幕府領(現在の唐津市厳木町、相知町の一部など)で、唐津藩以外の藩に有料での採炭を許可。薩摩藩や肥後藩、久留米藩、佐賀藩が続々と参入した。唐津藩は石炭の流通を2軒の御用問屋に独占させていたが、後に「宮島醤油」を創業する七世宮島傳兵衛ら商人の新興勢力が、諸藩採掘の石炭を取り扱うようになり、次第に力をつけてゆく。

幕末期の唐津炭田の様子やそこで働く人々の生活などを記録した「峯家文書」(唐津市相知図書館所蔵)

 薩摩、佐賀など唐津の石炭産出に関わった九州の諸藩は、倒幕に参加した。戊辰戦争の最後の戦い、明治2(1869)年の「箱館総攻撃」を描いた絵には、薩摩藩の蒸気船が描かれている。ほかにも佐賀藩や久留米藩の蒸気船も従軍しており、航海の燃料に唐津産の石炭が使われたのは間違いないとみられている。まさに唐津の石炭が、歴史を動かしたとも言える。

 

 

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佐賀新聞の記者の解説や佐賀新聞の記事コピーをもとに、「旧高取邸」の活用プランを考える生徒たち

内田修太朗先生 江戸幕府を倒して新政府をつくろうという明治維新の始まりから約150年がたちました。維新では、「佐賀の七賢人」といわれ「廃藩置県」を行った江藤新平や、後に早稲田大学を創設した大隈重信といった人物が活躍しました。では、この時期の唐津地域の様子はどうだったのでしょうか。

瀬戸健太郎記者 北波多、相知、厳木といったところには、幕末前から明治にかけて栄えた炭鉱がありました。掘り出された石炭は、唐津の港から日本各地に出荷されました。唐津藩は専売制を取って藩財政が潤い、幕末になると薩摩、長州といった雄藩が蒸気船の燃料に使うなど需要が増え、炭鉱はどんどん発展。唐津の石炭は戊辰戦争でも使われました。明治前半、日本における産業革命でも唐津の石炭は大いに使われ、「炭鉱王」と呼ばれた高取伊好らの活躍もあり、唐津地域を潤していきました。

生徒1  唐津炭田を記事に取り上げたのはなぜ?

瀬戸記者 人物や起こったことだけでなく、この時期の佐賀県はどんな状況だったのかを知ってほしくて、唐津地域については炭田の歴史を紹介しようと思いました。

生徒2 もう唐津では石炭を産出していないの?

瀬戸記者 今は産出していません。明治の後半には、唐津より質のいい石炭が各地で産出されるようになり、次第に不振になっていきました。

各班が考えたプランのまとめを黒板に掲示。二つの班がプランの発表を行った

内田先生 唐津市にある国の重要文化財「旧高取邸」は、瀬戸さんの解説にも出てきた高取伊好という人が建てました。年間約4万5千人の入館者がありますが、管理維持費から入館料収入を引くと約1700万円の赤字です。もっと入館者を増やして黒字にするためのプランを考えます。県内での観光PRについての佐賀新聞の記事コピーも参考にしてください(9班に分かれ15分討議)。A班とB班、プランの発表を。

A班代表 定期的にいろんなものとコラボする「コラボカフェ」を作ります。

B班代表1 旧高取邸や高取伊好を題材にしたアニメを作り、旧高取邸を「聖地」に育てて観光客を増やします。プラン名は「高取物語」。

B班代表2 「都会から旧高取邸にやってきた主人公が、タイムスリップして高取伊好の時代へ。元の時代へ戻ろうといろんなことをしていく中で仲間が増えていく」というストーリーです。

内田先生 きょう各班で考えたプランは、後ほど唐津市HPの「意見箱」に「旧高取邸を活用するプラン」として投稿しようと思います。もし採用されたらすごいですよね。

 

【授業を聞いて・みんなの感想】

堀隼さん 旧高取邸について、グループで話し合い、みんながいろんな意見を言い合った。先生や講師の話で、佐賀県のすごいところや知らなかったこと、聞いてびっくりしたことなどいろんなことを知ることができた。江藤新平ら七賢人など佐賀県の歴史や、唐津炭田のことももっと知りたいと思った。
 

川﨑楓さん 初めて旧高取邸のことを知った。運営費が年間1700万円も赤字になると聞いて驚いた。旧高取邸に、どうやったらお客さんが来るかを考えて、みんなに発表するのは楽しかった。みんなが考えたプランを、唐津市に提案すると先生が言ったので、選ばれるといいなと思う。旧高取邸のことを知ることができてよかった。

 

【維新博 INFORMATION】

『葉隠みらい館』~「葉隠」を、より良く生きる力と勇気に。~

 来年3月17日(土)から約10ヵ月間にわたって開催される「肥前さが幕末維新博覧会」。その会場の一つである「葉隠みらい館」は、明治初期の面影が残る旧三省銀行(佐賀市柳町)を会場に、佐賀藩士の武士としての生き方と心得を説いた佐賀発祥の「葉隠」をテーマとしています。
 幕末維新期の激動の中で、佐賀の人々が偉業を成し遂げることができたのは、その根底に「葉隠」の精神が息づいていたからです。このテーマ館では、皆さんが現代に生きる「葉隠」の教えを知り、勇気がわく言葉と出会うためのさまざまな仕掛けを施しています。障子型のスクリーン越しから葉隠に影響を受けた人物があなたへ語りかけたり、皆さんの今の悩みに必要な葉隠の言葉がフローチャート形式で探し出せ、その言葉を持ち帰れるコーナーなども。葉隠の言葉との出会いは、前向きに生きる勇気を与えてくれる体験になることでしょう。
 今の自分、そして未来の自分を見つめるきっかけとして、このテーマ館で「葉隠」の言葉を探してみませんか。どうぞご期待ください!

 

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