当選が確実となり、集まった支持者と握手を交わす大串博志さん=23日午後、武雄市北方町の事務所

 衆院選は自民、公明両党が定数の3分の2を確保して大勝したが、佐賀県は全国で唯一、小選挙区で自民候補が勝てない逆転現象を起こした。自民3人、野党2人という衆院議員の政党構成と顔ぶれに変化はなかった。解散直後の野党再編に加え、台風で離島の投票箱が運べず唐津市が翌日開票するなど異例ずくめ。佐賀1、2区を取材した担当記者が全国注目の激戦となった選挙戦を振り返る。(敬称略)

 

 A 1区はもともと自民候補と原口が星を分け合ってきたが、保守王国の2区で大串博志が勝利したのは県内政界図を描き換えたような衝撃があるね。特に保利茂、耕輔2代にわたる「保利王国」を堅守してきた唐津の自民は相当なショックだろう。

 C 大串にとっては逆風の選挙だった。原口が公示直前に希望を飛び出したことも、逆風を強めた。事務所には「なぜ希望に残るのか」と批判の電話が殺到し、困り果てていた。そんな中、前回の3万2千票差をひっくり返したのは驚きだ。風に左右されない足腰の強さがあったということだから。

 D 解散直前、まだ民進から出馬する予定だったころ、選対会議で大串が「選挙区で勝つ。比例復活はない」と檄げきを飛ばした。スタッフはその気迫にしびれ、一気に士気が高まった。本当に勝てるかもしれない。そんな思いが日に日に支援者にまで広がっていった。

 B 勝因は一つ。「電話1本」で参上するという、なじみのコピーに象徴される地域回りだね。旧3区の元自治相保利耕輔がそれほど細かに地域に顔を出していなかったから、集落の寄り合いで酒を飲む大串に触れ、「国会議員像を変えてしまった」と評する人もいた。古川陣営も「全国有数の身の軽さ。ああはできん」と舌を巻いていたよ。

 D 街宣車で走っても沿道に人が飛び出してきて途絶えない。大串が乗らない2号車のスタッフはがっかりされるから「心が痛い」と苦笑していた。

 A 古川康は知事時代から選挙で初めて敗北を喫した。何があったのか。

 B 古川に目立った落ち度はないと思う。むしろ、熱心に地域を回り、与党らしく要望にも対応していた。ただ、行政を知る人には理解できる話だが、一般受けしにくい。口コミで広がる大串人気にはかなわなかった。

 C 共に選挙を戦った3女のゆりえさんが落選後、「選挙のためではなく、政治のための政治活動をしている。佐賀のためなら父は日本一」と語っていたのが印象的だったよ。

 A 前回は自民推薦だった県農政協議会が自主投票になったのも古川には痛かった。唐津は支部として推薦したが、陣営の一人は知事選を通じて農協と距離を縮めた大串に「1万票近く流れたのではないか」と嘆いていたな。

 B 事務所を出身地の唐津から武雄に移したのをマイナスとみる向きもある。大串陣営は「殿様が出てきて城が空になった」と唐津街宣を徹底した。ただ、古川もいつまでも唐津頼みでは先がない。この対決構図は続くだろうから、大串の浸透作戦への対応は不可欠だ。各地に後援会をつくるなど組織選挙を補完する古川カラーの選挙スタイルを固めることが必要だろう。

 A 今回、台風で離島の投票箱が運べず、唐津市が開票を翌日に延期した。経験のない事態だった。

 C 22日の開票当日に事務所へ来ていた支援者は「こんなじれったさが明日まで続くなんて」とやきもきしていた。開票済みの市町で得票が上回っていた大串の事務所は勝ったように大きな拍手が起こっていた。急きょ本人が姿を現したけど、スタッフが「バンザイはしません」と大声で説明していたね。

 B 決着が開票翌日になり、通常は夜中まで続く候補者の当落の取材を明るい時間帯にしたのも珍しい。全国の小選挙区で最後まで当選の結果を待たされた大串は「天気によるものでいかんともしがたい。ドキドキ、ハラハラがちょっと長くなっただけ」と平静を保ってたよ。

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