過激派組織「イスラム国」(IS)が「首都」と称していたシリア北部ラッカを、米軍が支援する少数民族クルド人主体の民兵組織が奪還した。

 イラクで拠点としていた北部モスルを7月に奪還されたISは、イラクとシリアにまたがって維持していた支配地域を急速に失い、壊滅状態となった。過激派による国家建設という悪夢が現実となる可能性はひとまずなくなった。

 しかし、欧州やアジアなどから集まっていたIS戦闘員が支配地域を失い、出身国に戻ってテロを起こす恐れはむしろ強まっており、国際社会は一致して対策に全力を挙げなければならない。

 ISの温床となったのはシリア内戦だ。500万人以上が難民となる人道危機を引き起こしたシリア内戦は、収拾のめどが全く立っていない。一方で、対IS掃討作戦の担い手として力をつけてきたクルド人が独立を目指す動きを活発化させるなど、中東を不安定化させる新たな火種が生じており、憂慮される。

 ISは2014年6月、二つの国にまたがる政教一致国家の樹立を一方的に宣言した。中東では約100年前、欧州列強がサイクス・ピコ協定で、オスマン帝国を分割する国境線を引いた。その現代中東の国家秩序に真っ向から挑戦する宣言と受け止められ、現状に不満を持つ世界のイスラム教徒の若者をひきつけた。

 シリアに渡航した千葉市の湯川遥菜さんと、湯川さんを捜しに向かった仙台市出身のジャーナリスト後藤健二さんの殺害を15年1月に公表するなど、その残酷さは世界を驚かせた。一方で、徴税や石油密輸で財政基盤を確立し、行政機構を整備する動きも見せた。

 ISがモスルを制圧した際、イラク軍は素早く逃走。対IS戦の前線をクルド人の治安部隊が担った。それを米軍が支援した。イランも民兵組織を派遣して協力するなど、対IS戦を最優先する協調関係ができたことで、ISは劣勢になった。

 だが、ISが弱体化するにつれて協調関係は揺らぎ、対立が表面化した。大きな波紋を広げたのが9月にイラク北部のクルド自治政府が強行した独立の是非を問う住民投票だ。イラク政府とクルド人の部隊が砲撃の応酬をする事態となった。

 シリアでラッカ奪還を成し遂げた功労者もクルド人が主体の部隊であり、自治権拡大など見返りを求めるとみられる。地域の不安定化を避けるため、米国が仲介に乗り出し、周辺国やロシアとも調整するよう望みたい。

 欧州を中心にIS戦闘員が出身国で起こすテロが繰り返されてきた。ISはインターネットを駆使して過激思想を世界に広げた。組織には参加しなくても、思想に共鳴した若者が起こすテロも多発している。

 呼応する動きはアジアにも及んでいる。フィリピン南部ミンダナオ島では5月以降、ISに忠誠を誓うイスラム過激派と政府軍の戦闘が続き、市民を含む死者は千人を超えた。ハリス米太平洋軍司令官は最近訪れたシンガポールで、「(IS弱体化で)帰国した戦闘員が東南アジアに新たな拠点をつくろうとしている」との見方を示し、各国が協力して対応するよう呼び掛けた。

 ISの国家建設の野望がついえた今、過激思想の根を絶つため国際社会が結束する必要性は一層増している。(共同通信・上村淳)

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