書物を読み始めたころ、「東洋」という語に心を惹(ひ)かれたという。漢字学者の白川静(しらかわしずか)さん(1910~2006年)の述懐である。東洋という言葉は日本で創られ、中国であえて使う時は福建省あたりの海上航路をさし、新しくは日本のことをいうそうだ(『回思九十年』)◆ほとんど独学で漢字の起源を読み解いた彼は、漢字を共有する東アジア文化の特質を東洋という言葉に求めようとした。福井の貧しい商家に生まれた。大阪の代議士のもとに住み込みで書生となり、蔵書を読みあさったことが一生の起点となる◆当時の政治家は漢学の素養のある人が多かった。漢籍に出合い、中国最古の詩集「詩経」などに心を寄せていく。漢字の成り立ちには宗教的、呪術的なものが背景にあると主張し、異端ながら理論は発展を遂げる。「私はいつも逆風の中にあった」と振り返っている◆歳末恒例、今年の漢字に「金」が選ばれた。リオ五輪のメダルラッシュのうれしい出来事が続いたが、政治とカネにまつわる憂いもあった。さまざまな思いがこの一字に凝縮するように織り上げられ、一年が暮れていく◆白川さんが著した字典『字統(じとう)』によれば、「金」という字は銅の塊などを鋳込んだ形から発生した。古代の青銅器を想起する。古人(いにしえびと)の刻んだ歴史の上に今があり、漢字が結びつけてくれる。(章)

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