数カ月前、元彼が夢に出てきた。大学時代に1年あまり同棲していた年下の彼で、暇で孤独で密度の高い日々をともに過ごした相手だ。夢の中、同窓会のような内輪のパーティーで、私たちは再会していた。彼を見つけた瞬間、私が「わぁ!」と昔みたいな調子で抱きつこうとしたら、彼もまた昔みたいな笑顔で両手を広げた。「一緒に買い出しに行こう、荷物を取ってくる」と踵を返したところで、目が覚めた。
 夢だとわかって、落胆する。いつも通りの寝室を白けた気持ちで見つめ、私は一日中、彼のことを考えて過ごした。
 大学の同級生にそうLINEをしたら、またかと返された。そうなのだ。私は、ことあるごとに彼を思い出すのだ。独身時代ならば仕事でへとへとになってさびしさが募る夜、結婚してからならばもう恋はできないのかと切なく考える夕暮れ時、私は心の頬袋から、元彼チューインガムを取り出して、おもむろに噛み始める。口の中に広がる甘い味にうながされ、細く息を吐き入れてガムを膨ませる。彼との記憶が、脳裏で再生されはじめる。
 たとえば、大雨のやんだ晩、水たまりだらけの公園をおんぶしてもらって散歩したこと。新宿のヨドバシカメラで誕生日プレゼントにポラロイドカメラを買ってもらい、花園神社でお互いの写真を撮ったこと。バイトの給料が出たら、牛角に行って焼き肉をたらふく食べた。近所にある1時間180円のカラオケ屋へ行って、彼は藤井フミヤの『わらの犬』、私はB'zの『MOTEL』を熱唱した。私たちは孤独で、でも彼と過ごす世界はきらめいていた。夏の夕方、暮れていくアパートの部屋で西海岸の明るいロックをかけ、二人で煙草の火を分け合った。彼はコロナビールが好きで、すぐに酔っぱらってはアヒルみたいに唇をとがらせていた。私の片耳についているガイコツのピアスが、その前に付き合っていた彼のものだったとわかったときは、ひどく傷ついた表情をしていた。
 私たちは、一度別れた後も、互いに未練で離れられなかった。関係が終わる寸前、何時間も学校の近くを歩き回って話したことを覚えている。彼は「全財産をなげうって指輪を買って、プロポーズしようと思ったけどやめた」と言って、苦しそうに自分から別離を選んだ。大好きだったのに、すれ違い、傷つけ合いすぎて、私たちは元には戻れなかった。それから数年間は、彼の存在を引きずっていた。
 甘やかな思い出だけで満足するときもあれば、傷つけたことを思い出して胸が苦しくなることもある。やがてガムはパチンとはじけ、私は一呼吸置いて、何事もなかったかのように目の前の現実に焦点を合わせる。再び、元彼チューインガムを頬袋に仕舞い込む。
 最初は未練だった。30代のはじめぐらいまでは、再会したらやり直せるんじゃないかとしぶとく考えていた節もある。しかし、気づけば私は彼との思い出に憧れるようになっていた。その甘くほろ苦い恋愛があまりに美しいせいで、何度も何度も反芻してしまうのだ。
 私たちは幼くアンバランスで、過剰な自分を持て余し、言いたいことも言えずに傷ついていた。自分と相手の境目があいまいで、うまく触れ合えない分だけいとしさが募った。彼との恋愛で感じたよろこびもかなしみも、私はもう同じように感じることができない。それが、社会を知らず、お金も地位もないけれど、時間と衝動だけがたっぷりある未熟な時代にしか生まれないものだからだ。
 年齢を重ねて、私は変わってしまった。いや、自ら変えたというのが正しいのだろう。外見も、お金の稼ぎ方も使い方も、見栄の張り方も、嘘のつき方も、現実との折り合いのつけ方も、プライドの貫き方も、妥協の仕方も、自分のいなし方も、それから人の愛し方も。
 いま彼と再会したって何もうまくはいかないのだ。たとえ一瞬きらめきがはじけたとしても、あの頃のままの恋愛が息を吹き返すわけじゃない。私が変わったように、彼も変わっているはずなのだ。Y字路で別れてから15年間も違う道を歩み続け、私たちの距離はずいぶんと遠くなってしまった。そもそも、大切な記憶は大切ゆえにずいぶんと美化され、確かに起こったことなのに、夢の中の出来事のように現実味がない。元彼チューインガムとは、回想と妄想でしっかり味を足した代物なのだ。もうすでに、在りし日のそれとは似て非なる味になっている。
 自分勝手な嗜好品「元彼チューインガム」。実は、あなたも頬袋に隠し持っていませんか?

 有馬ゆえ(ありま・ゆえ)1978年、東京生まれ。フリーライター。既婚。趣味は男女アイドルウォッチ。
 

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