■国民はしっかり見ている

 やむにやまれぬ思いに突き動かされていた。今年3月、佐賀市の玉屋前。鉛色の空の下、多久市の主婦尾形節子さん(83)はマイクを握った。「かつての治安維持法のように、言論統制につながりかねない。こんな法案は取り下げるべき」。「共謀罪」の趣旨を盛り込み、国会で審議中だった組織犯罪処罰法改正案への反対を道行く人に訴えた。

 中学校教諭として教育に打ち込み、政治的な運動には関わってこなかった。初めて街頭に立ったのは3年前、特定秘密保護法の成立がきっかけだった。

 「国益や国民の安全を守るため」-。法制定の大義として語られた説明は、大戦中に何度も耳にした「お国のため」の号令に似て響いてきた。「個人に我慢や犠牲を強いて、重苦しい空気が漂っていたあの時に戻ってしまうような気がして」。不安を消したくて一歩を踏み出した。

 秘密保護法、安保関連法、「共謀罪」法…。いずれも世論を二分する課題だったにもかかわらず、安倍政権は直近の選挙で触れることなく、強行採決や、委員会採決を省略する「禁じ手」で押し通した。「戦後70年にわたって親しんだ民主主義は、意見を出し合って議論を尽くした末の多数決のはず。今は、安倍さんの理念に合わせた多数決になっている」と尾形さん。熟議を求める声が軽んじられていると思えてならない。

 約5年間の安倍政権の評価と存続を問う今回の衆院選。問われるのは、実績や公約にとどまらない。政治姿勢や手法も判断材料になる。佐賀新聞社が公示前に県内の有権者100人に実施したアンケートでは、安倍政権への評価は「評価する」と「評価しない」がほぼ拮抗(きっこう)したが、森友、加計学園問題に関しては約8割が「安倍首相は説明責任を果たしたと思わない」と厳しい視線を向けた。

 「知人に便宜を図ったかもしれないという、自分に引き寄せて考えやすい問題では批判の声が顕著になる」。佐賀大の吉岡剛彦教授(法哲学)は有権者の心理をこう分析する。一方、安保法制などでは「自分の生活にどう影響するのか想像が膨らまず、関心も薄くなる」。今の政権運営は、こうした傾向を見越しているように映る。「押し通しても、反対の世論を乗り切れるという確信を持っているのかもしれない」

 高校1年だった3年前から、政治を考える活動に参加してきた三養基郡みやき町の大学生淺川きららさん(18)は、強引な政策実現が続く状況に不安しか感じない。「若い世代は、会員制交流サイト(SNS)とかネットの掲示板とか、小さな世界で政治的な知識や政治観を形づくっている。メディア戦略にたけた政党に引きずられがち」。政治が信託に応えてきているか否か、有権者側も一層、見極めが試される時代になってきていると感じている。

 不意打ちともいえる衆院解散に野党も浮き足立ち、再編劇の果てに出てきた政策も急造の感が否めない。憲法改正や財政健全化などは展望が見えづらく、将来像があいまいなまま有権者は「大きな選択」を迫られることになる。

 それでも「国民はしっかり見ているということを示すのが今回の選挙」と尾形さん。1票の重みは増している。

 

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 衆院選は終盤に入り、候補者や政党の訴えが熱を帯びている。選挙戦で問われている争点や課題を有権者の視点から考える。

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