祖母ら7人兄妹が奉納した弘法大師像

北麓から円満寺跡へ登る険しい石段

 有田川が丘陵により蛇行して巡る唐船山北麓、毎年四月の「しゃくなげ祭り」で知られる山田神社(有田町山谷牧)。その左手「円満寺跡」という矢印に従い石段を息弾ませて登ると、石仏が林立する広場に至りました。

 昭和3年5月吉日の銘のある弘法大師の石像に花を手向けます。台座左右にある施主は、私の母方の祖母とその人の兄弟姉妹です。

 唐船山には1218年に松浦党源栄により築かれた城があり、神仏習合の時代で山田神社とともに円満寺を併せて武運長久・民の平穏を祈願しました。

 古老にうかがうと、1590年に佐賀の龍造寺氏に敗れて廃城となった後も、唐船山はずっと地元の心のよりどころでした。大正時代の大雨で北壁が崩れたときは、青年団の手で修復されました。円満寺跡地の千手観音や弘法大師像などの石仏の多くは、昭和初年、それぞれの兄弟姉妹や一族の手によって奉納されたものだそうです。今も、山田神社で挙げられる結婚式があります。

 来年は、唐船山築城から800年。地元では記念事業が計画されています。

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