いじめに関わったことが無いとおっしゃる方がいますが、それは無自覚に加担しているということです。いじめをいじめと認識するためにも普段から教育と周知が必要です。自分自身が常に加害者になり得ることを自覚して、意識的に行動することが大切で、「寝た子起こすな」という考えでいじめ問題を放っておいても解決しません。

 いじめにはいろいろな形があって、大人が認識しにくいものもありますが、誤解が多いのも事実です。こうすれば大丈夫という万能薬はありませんが、正確な認識がまず重要です。

 いじめられる側にも原因があるという考えは完全に否定されるべきです。きっかけがあったにせよ、いじめや仲間外しの理由にしてはいけません。他愛の無い「いじり」に見える行為も、思春期の子どもにとっては自己存在の否定であり、命に関わる場合があります。

 「相手の気持ちを理解できないから」はいじめの原因ではありません。幼い子どもの暴言はそうですが、思春期のいじめは相手が一番つらいと感じることを実行するので、加害者は相手の気持ちを理解しています。

 特別な人が加害者になるのでもありません。首謀者が存在するとも限りません。学校で子どもたちは常に孤立する不安があり、誰かを排除して多数派を作り、自らの孤立を防ぐのです。

 このような首謀者のはっきりしない多数派同調圧によるいじめの加害者は、不安を抱える普通の子どもたちで、被害者以外の全員だと言えます。明確な理由があるとも限らず、首謀者を見つけて原因を探ることに終始する指導では解決は困難です。

 いじめは首謀者単独では成立せず、周囲の同調や黙認が必ずセットで存在します。いじめを容認しない子どもが多数派を占めると継続できなくなるため、あらかじめこのような状況に導くことが必要です。

 肉体的、精神的な暴力、持ち物を隠したり壊したりすること、金銭の強要は、いじめである前に「犯罪」です。子どものすることだからといって決して見逃さない態度を大人は示すべきです。その際は、一方的に駄目だと押しつけるのではなく、その理由を大人も子どもも一緒に言葉に出して考える機会を作ることが大切だと思います。(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

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