衆院選佐賀1、2区には6人が立候補した。公示直前まで選挙構図が固まらない異例の展開だったが、候補者はどのような思いを胸に選挙戦に臨んでいるのか。横顔を紹介する。(上から届け出順)

岩田 和親氏(44)自民・前 歴史書で為政者に学ぶ

 

 前回は約2500票差で破れ、比例復活で手にしたバッジを胸に2期目の議員活動に励んだ。こまめに地域に足を運ぶと人口減少の静かな波を肌で感じ、「産業の育成、インフラ整備にしっかり取り組み、佐賀に活力を呼び込むのは政治の役割」と強調する。
 地方を元気にしたい―。強い郷土への思いと県議3期の実績が自らの「武器」だ。前回の区割り変更で1区になった地域には、山あいが多い。高齢者から投げ掛けられた「中山間地を忘れんでくれ」との言葉が、今も胸に突き刺さる。「ふるさとで暮らし続けたいという思いを大事にしなければならない」と語る。
 「時代が違っても、人のやることはそれほど変わらない。当時の為政者の決断は参考になる」と、意識して歴史の本を手に取るようにしている。タフな永田町を乗り切るためにジョギングを始めたが、多忙で続けられないのが悩みの種だ。
 自他共に認める「真面目でアピール下手」。「政治家としては損していますよね」と自嘲するが、「慎重な性格なので失言は少ないかな」。気分転換で話題の新作映画を見る予定だったが「急な解散で行けなくなりました」。

 ■いわた・かずちか 九州大学法学部卒。経営コンサルタントの大前研一氏の秘書を経て、1999年に県議に転身。25歳の若さは当時の全国最年少だった。好きな映画は「ロッキー」。佐賀市中の小路。


中島 徹氏(43)幸福・新 雨でも4年半つじ立ち

 

 11年間の会社員生活を経て、これまで2度、参院選に挑戦したが、力及ばず落選した。それでも「出馬に迷いはなかった」と衆院選への初挑戦を決意した。「まだまだチャレンジャー。攻めて、攻め続ける」と力を込める。
 「本当にこの政権で日本は大丈夫なのか」。2009年に政権運営に疑問を抱いて志した。座右の銘は初志貫徹。13年に佐賀へ移り4年半、風雨が強くても佐賀市内の交差点でつじ立ちを続けた。最初は「顔を知ってもらう」ためだったが、「あなたの変わらない姿に感動した」と通行人から声を掛けられたことも。徐々に「行き交う人々が家族のように思えてきた。この人たちを守りたい」と思いは強くなった。
 今年5月からは、自ら取材し動画を撮影、編集までこなす「佐賀が1番TV」をウェブ上で始めた。試行錯誤を繰り返して佐賀の魅力を3分間にまとめ、20回以上配信した。佐賀の隠れた「1番」を自らの切り口で伝えている。
 尊敬する人物は坂本龍馬。「夢を見て、その夢を実行できる器の大きな人物」と敬意を示す。「自分も夢を持ち、有言実行で先頭に立っていきたい」

 ■なかしま・とおる 八女高-福岡大商学部卒。住友林業などに11年勤め、2010年から宗教法人「幸福の科学」へ。幸福実現党佐賀第1選挙区支部長を務める。趣味は読書と映画鑑賞。妻と2女。佐賀市木原。


原口 一博氏(58)無所属・前 共有大切にSNS駆使

 

 「名を捨てて」でも成し遂げたかった安倍1強の打倒。民進党から希望の党に合流したその大義に関して不信を抱き、公示3日前に無所属での出馬を決めた。「譲れない一線だった」。比例復活のない背水の陣で8期目の挑戦に臨む。
 昨年末、遺伝性の難病を公表した。政治家にとってダメージになりかねない決断だった。支援者に本当のことを伝え、「難病に苦しむ人の勇気になれたら」との思いからだった。「原口さんに元気づけられた」。反響は大きかった。「障害があっても選挙運動できるところを見てほしい」
 大学卒業後、松下政経塾に入塾。「政治を地方から変える」と27歳で県議に初当選し2期務めた後、1996年に国政進出。政治家歴は30年を超えたが、最大のピンチが前回2014年の衆院選だった。
 命も危ぶまれるほどの感染症を患い、ほとんど選挙運動ができなかった。今回は元気な姿を見せられることがうれしい。支援者からは「復活してよかった」と声をかけられる。
 会員制交流サイト(SNS)を使いこなし、ツイッターのフォロワーは27万人に上る。「広がりや共有を大切にしたい」

 ■はらぐち・かずひろ 東京大学文学部卒。松下政経塾から県議2期を経て衆院当選7回。毎日の息抜きは「空を見上げる時間」。絵や詩を通して気分転換する。1男2女。佐賀市高木瀬東。

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