「ここに来た時は桜が満開だったがなあ。原発で人生が狂ってしまって…」。福島原発事故で、福島県南相馬市から佐賀県内に避難してきた80代のKさんが、半年後の取材にもらした言葉である◆一家5人で避難してきて、家族は佐賀で一時、職を得たりしたが、その後はバラバラに。自宅から道1本渡れば原発20キロ圏内に入るため「帰るに帰れない」と言っていた。「原発は絶対安全と言った東電にだまされた」との嘆きが今も耳に残っている◆福島第1原発事故を巡り、福島県内の住民や避難者らが国と東京電力の責任を追及した集団訴訟で、福島地裁は国と東電の両方に賠償を命じた。国の責任を認めたのは3月の前橋地裁判決に続き2例目になる◆まっとうだと思うこの判決を、Kさんはどんな気持ちで聞いただろうか。今も佐賀県内に住むKさんに電話をかけると、「いや、もう取材は…」。言葉をのみ込む沈黙の向こうに、事故から6年7カ月の歳月の重みと、葛藤を見る思いがした。今なお福島県の5万5千人余りが自宅に帰れずにいる◆今回の訴訟の原告団の背後には全ての事故の被害者、避難者の存在がある。事故の罪深さを思わずにはいられない。衆院選では各党が原発政策を訴えるが、うわべだけの論戦など許されないことだ。事故はまだ終わってはいない。(章)

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