昭和の初めも、今と変わらぬ光景が繰り広げられていたようだ。物理学者で随筆家の寺田寅彦が1933(昭和8)年に出した『柿の種』に記している。ある時、新宿で見かけた立て札に「何かの候補者の名前が書いてあ」り、「筆太に墨黒々と名前がひけらかしてある」◆選挙の候補者たちが、どうやって名前を売り込もうかと腐心しているわけだ。今ではカラー刷りは当たり前で、顔写真あり、スローガンありで、目がちかちかしそうなほど派手になった。いよいよ衆院選の幕が切って落とされた◆それにしても、解散前には影も形もなかった二つの新党が「安倍1強」に挑む構図になろうとは。政治信条そっちのけで繰り広げられた再編劇は、観客として見ている分には飽きなかったが、そろそろ本格的な政策論争の時間である。「国難突破」選挙の別名もあることだし、候補者それぞれの処方箋を聞かせてほしい◆寺田が見つけた選挙看板の隣には、さらによく似た看板が。「よせ鍋はま鍋」「蒲焼(かばや)き三十銭」と、料理屋の宣伝文句がずらり。「どちらも『売り物』である。そうしてどちらにも用心しないと喰(く)わせ物があるかもしれない」と痛烈に皮肉っている◆どさくさ紛れに黒を白と言いくるめて議席を奪おうと考える不心得者がいないとも限らない。食わせものにはくれぐれもご用心を。(史)

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