3選を果たし、支持者と握手をしながら事務所に入る秀島敏行氏=2013年10月20日、佐賀市本庄町の事務所

当時、全国の県都で最年少市長となる初当選を果たした木下敏之氏=1999年3月14日、佐賀市

 8日告示の佐賀市長選は、現職の秀島敏行氏(75)=3期、本庄=1人が立候補を予定している。無投票当選となれば38年ぶり。合併前の旧市時代から激しい選挙戦が繰り返されてきた市長選。1990年代以降で市民の選択を振り返る。=肩書き、年齢は当時

 3期務めた西村正俊氏の引退を受け、4新人が立った99年の市長選。投票率が70%を超える市民の関心の高い選挙だった。元農水官僚の新人・木下敏之氏(39)=民主・社民推薦=が前県議の新人・原口義己氏(59)=自民推薦=が激しく争った。

 政治経験ゼロの木下氏が立候補を表明したのは告示の2カ月前。引退した西村氏が支持表明したことも追い風となり、徐々に支持を広げた。一方の原口氏は県議5期の実績と知名度を武器に組織戦を展開した。16年ぶりに市議選と同時選になったこともあり、投票率が上がった。

 有権者からは「政治経験がない」ことが「しがらみがない」と好意的に受け取られ、無党派層の共感を呼び込む結果となった。当時、木下氏は全国の県都で最年少市長だった。

 木下市長誕生が、後の秀島市政を生む伏線となった。

 5市町村合併に伴う05年10月の市長選。改革を進め、トップダウン型の木下氏(45)の政治手法を批判する声も出る中、自民、社民に推される形で元市水道局長の秀島敏行氏(63)が立候補を決意、「協調融和型」の政治姿勢を訴えた。序盤の劣勢を覆し、約4千票差で秀島氏が競り勝った。

 前回13年の市長選は、秀島氏(71)と元県議会議長の篠塚周城氏(63)ら4人が立候補した。「合併10年を見届ける責任がある」という秀島氏に対し、篠塚氏は「市民主役で市長を選ぼう」をスローガンに戦った。秀島氏が1759票差でかわした。激戦だった一方で、投票率は合併後最低の59・23%だった。

 無投票当選となれば、元厚生官僚の宮島剛氏(53)が初当選した1979年以来、38年ぶりとなる。

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