かつては長く険しい石段を登った彦山参詣も、今はスロープカーで楽々と昇ることができる

 9月10日、鳥栖歴史研究会は彦山に参詣した。平成元年に発足した同研究会の5度目の「彦山詣で」である。

 先人たちが彦山詣でをした「彦山道」である国道500号は、朝倉市秋月から東峰村小石原まで7月豪雨の被害で不通だった。

 秋月から古処山(こしょざん)の山中を越える峠道「八丁越(はっちょうごえ)」を経て、筑豊に出て田川郡添田から彦山に登った。

 秋月街道とも称される八丁越えは彦山から西へ、小石原・馬見岳(まみだけ)・古処山を経て筑前宝満山に至る、峰入(みねいり)修行の道と交差する。

 山伏とも呼ばれる修験者はグループで峰入りする三期の峰入り、すなわち大みそかに山に入り、雪の山中で修行する「春峰」、お釈迦様の誕生日4月8日の「花祭り」に始まる「花供(はなく)・夏峰」、一年を締めくくる「秋峰」と、一人で彦山山中の岩屋に籠もる「窟籠(くつろう)修行」が必須の修行であり、これら峰入りの回数によって「臈次(ろうじ)」と呼ばれる階級を昇り、グループを率いる「先達」、一山を率いる「大先達」、千日回峰を達成した「阿闍梨(あじゃり)」、さらに「大阿闍梨」へと行を積んでいく。

 彦山山伏の子、里山伏と呼ばれる傘下の寺・神社の僧や神官の子は14歳から峰入り修行を始めるが、彼らを「新発意(しんぼち)」と呼び、過酷な修行が課された。(鳥栖歴史研究会常任講師)

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