「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから」-。宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』で、主人公のジョバンニに親友のカムパネルラが語りかける。この銀河鉄道は、ロシア極東のサハリン(旧樺太)で着想を得たという説がある◆先週、秋深いサハリンを訪ねた。ユジノサハリンスクの空港に着くと、北海道のまっすぐ北なのに日本と時差が2時間もある。ガイドが「ロシア国内には時差が9時間。これだけ国土が大きいと示すため。一本化している中国とは違う」と教えてくれた◆時間が奇妙にゆがんだような違和感を引きずりながら、賢治ゆかりの地へ。最愛の妹を病で失った賢治は1923(大正12)年の夏、失意の旅に出る。冒頭の白鳥の停車場も、サハリンの白鳥湖がモデルだとか◆賢治が船から鉄道に乗り継いだ港町コルサコフで、鉄道の線路をカメラに収め、教え子の就職を世話しようと立ち寄ったという製紙会社の跡で煙突を見上げる。かつてサハリンは日本領であり、コルサコフは「大泊(おおどまり)」、ユジノサハリンスクは「豊原(とよはら)」だった◆日本はサハリンを手放したが、北方領土問題が残る。北方4島をサハリン州に組み込んだロシアの地図を眺めながら、そこに日本の記憶が確実に刻まれているのだと思った。(史)

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