「初源伊万里」とも称される初期の下級磁器(左下は向ノ原窯跡、その他は小物成窯跡)

 すでに30年以上も、有田の陶磁史の調査・研究の現場に携わってきたが、いまだに初めて見聞きするような陶磁史用語に出合うことがある。「初源伊万里」もそうだ。

 この用語にはじめて出合ったのは昨年のこと。骨董(こっとう)雑誌「目の眼」、今年3月号の特集の原稿を依頼された際で、陶器から磁器に移行する中間的なもの、いわば「初期伊万里」の最初の頃の製品だという。ただ、窯跡の発掘調査などを通じて、およそ接したことのない有田の古陶磁などないはずだが、とんと思い当たるものがないのだ。よくよく話を聞くと、染付文様のない李朝風の器形の白磁猪口などを典型とするという。

 この「初源伊万里」の用語は、もともと秦秀雄(1898~1980)という、井伏鱒二の小説「珍品堂主人」(1959)のモデルにもなった古美術研究家が提起したものらしい。もちろん、近世陶磁研究では新参者の考古学など、まだ関わっていなかった時代のことだ。

 結局、今日の発掘調査の成果では、「初源伊万里」なるものは、初期の磁器の中でも、下級品として製作されたことが判明している。日本の磁器は当初から中国磁器を範として製作されたが、相対的に手間を省いた下級品の場合、本来陶工の持つ朝鮮半島色が残りやすく、高価な呉須(ごす)の使用も控えたため、白磁が多かったのである。

 下級品は伝世しにくいため、窯跡の採集品を修復したもの以外は、ほとんど現存しない。そのため、かえって古美術業界では、貴重な高級品と捉えられたようである。

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