来年の明治維新150年にちなみ、新聞を通じて地域の歴史を学ぶ「さが維新塾」。本紙記者による出前授業の第1回は城北中(佐賀市)の2年3組です。

フェートン号事件を題材にした出前授業。子どもたちの質問に答える瀬戸記者

■君が藩主なら何から改革?

【きょうの教材】フェートン号の進入(1808年)

「さが維新前夜」3月11日付より

長崎港に侵入した英軍艦「フェートン号」の絵図(長崎歴史文化博物館所属)

 文化5(1808)年8月15日午後、長崎港にオランダ国旗を掲げた帆船がやってきた。当時は海外との交易を制限し、唯一の窓口だった長崎に入港できるのはオランダや中国の船舶だけという時代。しかしこの日、オランダ船の入港予定はなかった。

 船の正体は英国の軍艦「フェートン号」。ナポレオン戦争で交戦国の関係にあったオランダの船舶拿捕(だほ)をもくろみ、国籍を偽って長崎港に侵入してきたのだ。彼らは入港手続きに向かったオランダ商館員を拉致し、食料や水、薪(まき)を要求してきた。

 港の警備を担当していた佐賀藩の藩士たちは大混乱に陥る。通常1300人を超えるはずの警備体制も財政難のため人員を削減しており、100人ほどしか在駐していなかった。

英軍艦フェートン号が姿を見せた長崎港。中央奥の女神大橋の先に見える島のそばに停泊した=長崎県長崎市

 連絡を受けた長崎奉行はただちに攻撃して追い払うよう佐賀藩に準備を命じたが、兵力不足で対処ができず、やむなく長崎奉行は人質解放を条件に要求を受け入れ、食料や水を提供。発生から2日後、フェートン号は長崎港を出て行った。

 長崎警備が形骸化し、無力だったことをさらけ出したこの事件で、佐賀藩は現場責任者2人を引責切腹させるなど関係者を処分。当時の9代藩主・鍋島斉直も幕府から謹慎処分に当たる逼塞(ひっそく)100日を言い渡された。

 この屈辱的な体験は、佐賀藩が後に近代化を推し進める教訓になったとの見方もある。

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三根頌平先生 これまで18世紀半ばに英国で起きた産業革命を勉強してきました。綿織物を大量生産し安く売るため、動力として蒸気機関が作られ、蒸気機関車や蒸気船の誕生によって、人や物の移動が変わり、働き方も大きく変わりました。一方、そのころ日本は江戸時代後期で、ようやく家内制手工業が導入されたころ。しかし、佐賀藩は日本初の鉄製大砲を鋳造した反射炉を作ったり、三重津海軍所で蒸気船を建造したりして、産業革命にも匹敵する発展を遂げていました。その一つのきっかけとなったのがフェートン号事件です。

瀬戸健太郎記者 フェートン号事件は英国の軍艦が無断で長崎港に侵入した出来事。当時、英国はフランスと戦争中で、フランスの支配下にあったオランダ船を捕まえようと入港したのですが、オランダ船がいなかったため、水や食料を要求してきました。日本への侵略の意図があったわけではありませんが、いわゆる鎖国政策下の日本にとって、中国やオランダ船以外が入港するのは大問題だったのです。

生徒(1) 事件の日、オランダ船の入港予定がなかったのに、なぜフェートン号をオランダ船と信じたの?

瀬戸記者 オランダは毎年定期的に入港していましたが、当時戦時下にあり、前年から入港しておらず、この年も予定の時期に来ませんでした。その直後にオランダ国旗を掲げてきた船だったから、待ちわびていたこともあって疑わなかったのでは。

生徒(2) 当時の幕府の対応は?

瀬戸記者入港から港を離れるまで2日。リアルタイムで幕府に連絡が届いていたわけではありません。長崎奉行も九州の藩に出兵要請をしたのですが、間に合いませんでした。

生徒(3) 事件当時、佐賀藩は警備の数を削減しなければならないほど財政は苦しかったの?

瀬戸記者 佐賀藩は35万7千石で大きな石高だったのですが、内情は小城、蓮池、鹿島の支藩と多久や武雄などの領地に支えられ、本藩は6万石程度の財政力しかありませんでした。その中で長崎警備の財政的負担は大きく、9代藩主鍋島斉直の浪費癖も財政難に拍車をかけたといわれています。

三根先生 フェートン号事件の後、佐賀藩は(1)藩校「弘道館」を拡大するなど人材育成(2)長崎の砲台の数を増やすなど軍備の近代化(3)陶磁器や櫨蝋の専売化による財政再建(4)小作料の免除など農村復興  といった改革を進めます。君たちが佐賀藩の藩主だったら、藩のピンチを救うためにまず何に取り組みますか? 考えてみてください。

自分が藩主だったら、何を最優先で改革を進めるかという問い掛けには、人材育成と考えた生徒が目立った

自分が藩主だったら、何を最優先で改革を進めるかという問い掛けには、人材育成と考えた生徒が目立った

 

フェートン号事件を題材にした出前授業。子どもたちの質問に答える瀬戸記者

 

 

 

【授業を聞いて・みんなの感想】

宮崎優汰さん

フェートン号事件というと、聞き慣れない感じで難しい話なのかなと思っていたけど、英国の軍艦がオランダ船と偽って入港した事件だと知って驚いた。佐賀藩はもう少ししっかり対応しないといけないと思った。そのためには警備強化が必要だし、自分なら真っ先に財政を立て直すことが大事だと考える。

廣瀬沙耶さん

記者の方の説明がとてもわかりやすく、フェートン号事件のことが詳しく勉強できた。英国の軍艦が侵入してきたのは日本を攻めるためだと思っていたけど、食料補給のためだったんだなぁと。その後、佐賀藩が進める改革の中で、私がリーダーなら人材をしっかり育て、内外の変化を情報収集すべきだと思う

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