全中学校の各クラスに毎朝、佐賀新聞が届く。その教育的な意義について、NIEアドバイザーで厳木中教頭の光武正夫さん(51)と、新聞を活用した授業に積極的に取り組んできた小城中教頭の多久島文樹さん(59)、佐賀新聞社の富吉賢太郎専務取締役編集主幹の3人が語り合った。

時代の変化つかむ「知の引き出し」に

光武 幕末維新期はどの藩も熱心に教育に取り組んでいましたが、佐賀藩の人材育成は傑出していました。理由の一つとして、佐賀藩が長崎警備を担うことで、海外の情報や技術をいち早く知り得る環境にあったからでしょう。

多久島 藩校である弘道館の役割も大きいですよね。下級武士を含め藩士の子弟全員が入学できましたし、西洋の最新情報にも触れることができた。自由闊達に学び合う校風が幾多の人材を輩出する原動力となった。

富吉 国づくりの中心に教育を据えたリーダーの覚悟も後押しになった。10代藩主鍋島直正は弘道館の教授、古賀穀堂の教育改革案に耳を傾け、教育費を大幅に増額。また、和・漢・洋の学問を奨励しグローバルな知見を重視した教育方針が大きいですね。

光武 佐賀本藩だけでなく、唐津藩にも辰野金吾ら有能な人材を輩出した英語学校「耐恒寮」があり、女子にも門戸が開かれていました。さらに民間私塾も盛んで、農村の子らも学問に接しています。

 また、佐賀藩、唐津藩、対馬藩領、天領が隣り合っていた多様性も、「教育県・佐賀」の源流にあるのではないでしょうか。

富吉 幕末、鎖国から開国に備え、国を守るためにも有能な人材を育成しなくてはならないという切迫感がありました。穀堂は「講釈を聞くよりも、問答することこそ重要だ」と唱えたそうです。これは現代のアクティブ・ラーニング(能動的学修)に通じますよね。時代の変化を機敏にとらえ、問題解決能力や突破力を培う実践教育を、佐賀藩は重んじていたのです。

富吉 時代の変化をとらえるうえで、私たちの世代は、新聞が常に身近にあった。ところが今は無読化が進み、子どもたちは新聞に触れる機会を失っています。活字離れも進み、新聞だけでなく大学生の5割が1日の読書時間「0分」という統計もあります。

光武 平成20年版の学習指導要領には、各教科での新聞活用が盛り込まれました。しかし10年近く過ぎても、十分な成果が出たとは言えない状況です。なぜなら身近に新聞がないからです。新聞を読んでいない若い先生もいます。だからこそ、家庭や教室に新聞がある環境をつくることがまず大切なのです。

多久島 私たちは新聞を通して、世の中の動きや影響力のある人物、データなどを、リアルタイムで知ることができます。その意義は大きいですよね。とはいえ、新聞があるから十分ではなく、生徒たちが自ら新聞を手に取るための工夫も必要です。始業前に行う「朝読書」や「朝ドリル」に加えて、「朝新聞」の時間を作ることから始めてもいい。

光武 県内の小学校でも「朝の新聞タイム」が広がってきました。子どもたちが順番に、今日の記事とその感想を発表するだけでも、新聞への関心が高まります。

多久島 子どもたちの関心事は千差万別。時には広告の方に着目して、「こんな新製品が出たよ」などと関心の枠を広げてもいい。「なんで?」「ふーん…」「そうか!」という心の動きが、学びの入口になります。子どもたちが自発的に学び、互いに触発し合う学習につなげたい。

富吉 選挙報道一つとっても、今は「18歳選挙権」といったトピックもあり、新聞から学ぶものがいろいろあるような気がします。さらに過去の新聞まで掘り下げると、例えば戦後初の総選挙、佐賀選挙区では全県一区定数5に対し37人が立候補。今では考えられない“多数激戦”を繰り広げるなど、家族の話題にも上りそうな面白い記事に出合えます。新聞は先生の工夫次第で、教科書とは違った興味深い教材となるのでは。

多久島 新聞の「教材化」は大切なことで、記事を授業に活用する提案はありがたい。佐賀新聞のホームページから1面コラム「有明抄」を書き写すワークシートがダウンロードできます。このほかにも、記事についての事実や感想などを書き込めるワークシートがあるといい。

光武 現代はインターネットも含めて多様なメディアがあり、スマホなどで関心のあるニュースしか見ない人が増えています。しかし、紙の新聞の大きな魅力は「セレンディピティ(予期せぬ素敵な出合い)」があること。あるニュースを読むために新聞を開いたら、別の興味深い記事や広告が目に留まり、関心の枠が広がるような。特に中学生なら、将来の自分の進路決定に関わるような出合いがあるかもしれません。

富吉 一方、世の中にはフェイクニュース(虚偽の情報)があふれています。それを見抜くためには、自ら様々な情報や資料にあたって、読み解く力をつけていくしかない。これは、国際社会に太刀打ち出来るような人材育成には欠かせないことです。

光武 時事問題などを学習する時は、より確かな情報が得られる新聞が安心です。さらに地方紙なら地域の情報も得られ、郷土学習に役立ちます。

多久島 インターネットは速報性がありますが、偏りのある情報や個人的な意見も少なくありません。新聞、インターネット、SNSとそれぞれの特性を認め、相互に補完し合って活用していく方法を、まず大人が身につけ、子どもたちに教える必要があるでしょう。

光武 明治維新をテーマにした、新聞記者による「出前授業」にも期待しています。専門家や地域の皆さんと連携した「社会に開かれた教育課程」は、学校の特色にもなります。さらに記者の顔が見えることで、生徒たちの親しみも湧くのではないでしょうか。

多久島 正確な記事を書くテクニックだけでなく、その人の思いや人間性を表現するノウハウを学ぶ機会にもしたい。

 今の子どもたちは、自分の気持ちや考えを文字に置き換えて伝えるのが苦手です。例えば、修学旅行のレポートを新聞形式でまとめるという課題を出した時、観光情報の羅列はできても、自分が感動した点を書くとなるとつまずくのです。SNS上のトラブルも、ここに起因するのかもしれません。

富吉 国語が苦手という高校生が、担任の先生のすすめで1年から3年まで3年間「有明抄」の書き写しを続け、希望の国立大学に合格。その喜びの手紙をもらったことがあります。まさに「継続は力なり」です。社会の出来事を知るだけなら、他メディアでも可能です。しかし、自分の関心事を簡潔にまとめ、伝える訓練のためにも、新聞が役立つのではないでしょうか。

光武 実は、学校現場での新聞活用には長い歴史があります。国語教育の研究家として有名な大村はま先生は、戦後間もない教科書のない時代に、新聞を教材にして素晴らしい授業を展開されました。鳴門教育大の図書館には、その手作りの教材が展示してあり、それを見て感動しました。

 今では、新聞活用の実践校は県内でも増えています。生徒が主体となって、クラスメートと語り合う。家に帰って、家族や親戚、近所の人など世代の違う人たちと話題にする。記事を読み解くだけでなく、人との関わりの中で学ぶことにつなげていってほしい。

多久島 直正は自らオランダ商船に乗り込み、自分の目で確かめてから、洋式造船技術の導入を決めました。新聞活用についても、ただ知識を増やす手段にするのではなく、情報を読み取り、ほかの資料なども当たって掘り下げ、まとめ、次の行動に結び付けていくような、学びの入り口とすることが大切です。

 子どもたちにとって、新聞という“窓”から知の世界へ入り、次は子どもたち自身がその“窓”から飛び出して社会・文化を形作っていく。そんな役割を、新聞に期待したいですね。

富吉 新聞活用は子どもたちだけでなく、先生たち自身も授業に役立つ“知の引き出し”を増やす教材として新聞を読んでもらいたい。新聞には教科書には書いてないけど大切なことがいっぱい書いてありますから。自らの教師人生を豊かにし、また、社会貢献ができる立派な人材づくりに新聞が学校現場で生かされることを願います。

<出席者>

富吉賢太郎

佐賀新聞社専務取締役編集主幹。報道部長、文化部長、唐津支社長、編集局長などを歴任。この間、論説委員長として1面コラム「有明抄」を9年間執筆した。佐賀市東与賀町。

多久島文樹さん(59)

小城中教頭。社会科教諭として佐賀大附属中やオランダの日本人学校などで教壇に立つ。長年NIEに取り組み、小城・多久地区でデジタル記事の共有化を進めている。佐賀市鍋島。

光武正夫さん(51)

厳木中教頭。社会科教諭として新聞の活用に熱心に取り組み、日本新聞教育文化財団認定の「NIEアドバイザー」を務め、日本NIE学会理事などを歴任。唐津市松南町。

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