お正月の楽しみのひとつに雑煮がある。三が日を祝う餅(もち)を羹(あつもの)、つまり吸い物にしたものを言うが、これは餅を食べるための献立だろう◆いつごろから餅があったのか。木製の臼と竪杵(たてきね)のセットは縄文時代晩期に現れ、弥生時代には普及している。餅が大好物だった考古学者の森浩一さん(故人)によれば、「そのころ餅があってもおかしくない」という。少量で多くのカロリーがとれる餅は、聖なる食べ物と考えられ、祭りや祝い事にはつきものとなった◆元旦には鏡餅に向かって祈りをささげる。この習わしは10世紀、平安時代の文献に記録されているので、それ以前からのものだろう。これから始まる1年の稲作がうまくいき、収穫も多いようにと願う農耕儀礼の意味が濃かったようだ◆佛坂勝男さんの『佐賀歳時十二月』には、玄海町浜野浦地区での、年末に餅をつかず元日につくという、昭和30年ごろまで続いた風習の記述がある。元日の昼前ごろから腰にワラジをつけたり、ミノを着た姿で餅をつくのである。昔、この地に最初に上陸し、同地区を開いた松本家の先祖が、大みそかの晩遅くに到着し、正月の餅をつく余裕がなかったためとされている◆雑煮に入れるのは丸餅であったり、切り餅であったり、地方で違う。好きな雑煮で、あらたまの朝(あした)を祝う文化のありがたさを思う。(章)

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