歴史学者・磯田道史さん

■佐賀藩、階級超え結集 映画「武士の家計簿」や「殿、利息でござる!」の原作で知られ、「平成の司馬遼太郎」とも呼ばれる歴史学者、磯田道史さん(京都市)。幕末維新という激動期に人々が何を考え、どう向き合ったのか。生活者の視点からひもとくと、佐賀藩の歩みには、武士社会における階級制度の枠を超え、藩士や民衆の力を結集して問題解決に当たった姿が垣間見えるという。

 『武士の家計簿』は、家計を記した幕末期の下級武士の古文書から当時の生活実態を調べた。読み解くと、現代の格差社会と重なる点も浮かび上がった。

 「明治という荒波を迎える時、武士の暮らしがどう変わっていったのか、ミクロ的な視点で考えてみたんです。普段は何を食べ、どんな収入を何に使っていたのか。これまでの歴史学では、武士は『生活者』として捉えられておらず、『特権階級』と考えられていた。調べてみると、下級武士は薄給で、黙々と実務をこなすサラリーマンのように映ったんですよ」

 著書『天災から日本史を読みなおす』では、巨大台風に襲われた佐賀藩に触れた。1828(文政11)年のシーボルト台風では九州で大勢の人が犠牲になった。当時13歳だった鍋島直正は災害に直面し、財政破たんの危機に陥ったことを教訓に抜本的な改革を決意。藩主就任後、民の力を結集し、藩を「技術大国」へと変ぼうさせていく。

 「日本人は、追い詰められると一気にドンと変わる性質がありますよね。直正は台風をきっかけに藩の改革に思い至り、内政では熊本をまねた。教育面にも力を入れ、藩校・弘道館を拡充した。下級藩士にも門戸を広げ、学校の成績を禄高(ろくだか)に反映させました。階級制度の枠を超える仕組みで、近代国家形成への近道だったといえます」

 「そうした中、佐賀藩や薩摩藩、幕府の開明派が到達する認識があります。軍艦や大砲を買うばかりではなく、西洋型の工業社会を日本につくるという発想です」 

=略歴=

 いそだ・みちふみ 1970年、岡山県生まれ。慶応大学大学院文学研究科博士課程修了。静岡文化芸術大教授を経て、昨年4月から国際日本文化研究センター(京都市)の准教授。著書『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』で新潮ドキュメント賞を受賞し、映画化された。『無私の日本人』も映画「殿、利息でござる!」の原作になった。『天災から日本史を読みなおす』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。

このエントリーをはてなブックマークに追加