作家の高橋克彦さん=岩手県盛岡市の自宅書斎

■未来見る精神性佐賀に 佐賀藩主の鍋島直正や佐野常民、精錬方(せいれんかた)の技術者が幕末、一丸となって技術立国を目指した姿を描いた歴史小説「火城(かじょう)」。ベストセラー「炎(ほむら)立つ」の著者で直木賞作家の高橋克彦さん(岩手県盛岡市)が、西洋の科学技術導入に力を注いだ佐賀藩を描いた作品だ。「常民のように生きることができたら、どんな未来があっても悔いはない。日本も地球の『火城』になれる日が来ると信じたい」。あとがきでこう述べた高橋さん。あの時代に、どんな世界が見えたのだろう。

 「火城」は城壁の周囲を松明(たいまつ)で明々と照らし、防御することを意味する。高橋さんは「幕末の騒然たる時代、城下だけが煌々(こうこう)と未来を照らしていた」という幕末佐賀藩のイメージから著書名に採用した。

 「『火城』では、蒸気機関の開発に向け、熱い信念で人を動かした常民の姿や家臣を思いやる直正の人情に触れ、何度も泣きながらつづりました。常民は晩年、敬愛し、自身の生き方さえ方向づけた直正の話になると、所構わず泣いたといいます」

 「常民の後半生を振り返ると、欧州で開かれた万国博覧会の日本側責任者を務めたり、日本赤十字社の生みの親になっている。さらに美術団体『竜池会』をまとめ、浮世絵を国画として守るなど、さまざまな分野に絡んでいる。敵味方なく救護する発想とか、文化を守り育てる考え方とか、ものすごく先を行っていた」

 幕末期に何が失敗し、何が成功したのかを分析していけば、これからの日本がどういう道を選べばいいかも見えてくると、高橋さんは考えている。

 「佐賀人は自身を殺し、相手のために取り組む気質がある。そうした中、常民の生き方は理想のように思えます。幕末の志士のような派手さはないけれど、何事にも覚悟を持って立ち向かっている。その瞬間だけではなく、未来をしっかりと見据え、無駄と思えるような回り道をもいとわなかった。そんなひたむきな姿に学ぶべきところが多いですね」

■たかはし・かつひこ 1947年、岩手県生まれ。早稲田大学卒。83年に「写楽殺人事件」で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。86年に「総門谷」で吉川英治文学新人賞、87年に「北斎殺人事件」で日本推理作家協会賞、92年に「緋(あか)い記憶」で直木賞。2000年は「火怨」で吉川英治文学賞、12年に日本ミステリー文学大賞。「炎(ほむら)立つ」「時宗」など著書多数。浮世絵研究家としても知られる。

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