「佐賀人の頑張りがなかったら、日本は明治維新の変革を受け止めることができなかった」と語った作家の高橋克彦さん=岩手県盛岡市の自宅書斎

■既存の枠組み超え発想

 幕府の鎖国政策と同様に、他藩との交流を閉ざす「二重鎖国」状態だった幕末の佐賀藩。そんな時代に藩は鉄道に興味を持った。

 「藩という既存の枠組みを超えて線路を敷くという発想があった。江戸時代後期に、蒸気機関や電信に興味を抱くところが素晴らしい。大砲とか火薬とか戦術に役立つものなら、その気になれば、どの藩でもまねて作ることができる。仮に外国の脅威を受けての開港があと10年遅れていたら、佐賀藩は西洋の科学技術をさらに先取りして、国力の向上にもつながっていたでしょう。日本はもっと対等な通商条約を結べたかもしれない」

 日本は明治改元から15年くらいの段階で西洋の文明を自らのものにしたと、高橋さんはみている

 「アジアの人たちは『日本は小国なのに、どうしてあんなに経済力や技術力があるのだろう』と不思議がる。この力は150年以上前、佐賀藩や薩摩藩が始めたことに根っこがあると思っています。両藩はこつこつと人材を育てた。人はいま生きている環境や立場に支配され、すぐに役立つものにしか興味を示さない傾向がありますが、両藩は日本の前途を見ていた」

 「佐賀藩の家臣は、藩主の直正に心酔していたと思います。今でいう新興企業が社長の下で一丸となって駆け上がっていくみたいな、そのくらいの覇気があった。勤王だ、佐幕だ、攘夷(じょうい)だという机上の論理よりも、自ら実際に取り組むことを重視しています。こうした佐賀の人たちの頑張りがあのときなかったら、日本は津波のような明治維新の変革を受け止めることはできなかったはずです」

 政府は、明治改元150年の節目となる2018年に記念事業を展開しようとしている。

 「司馬遼太郎さんの『新撰組』や『燃えよ剣』といった歴史小説をたくさん読んでいますが、私は幕末の志士たちにはあまり共感していません。明治維新政府の中には私利私欲に走った元勲もいて、真に日本の未来を考えていたと思えないのです」

 「今の政権は150年前を再評価する動きを強めていますが、明治維新の勢いみたいなものをもう一度取り戻したいのかな、という印象がありますね。国家を強大にしていきたいという、においも感じます」

 佐賀藩は技術立国として独自の道を歩み、政治の表舞台での活躍が限られたせいか、幕末維新期の姿を県民の多くが知らない。

 「幕末期に佐賀がなかったら、日本は味気ない国になったと思います。当時の人たちの魅力を伝える読み物を佐賀の人たちにもっと提供すべきです。自著で東北の蝦夷(えみし)を取り上げたことがありますが、史実を知ることで、岩手県民の郷土の歴史への認識が変わった。魅力ある人物を輩出したという自負から、コンプレックスが薄れてきたように思えます」

このエントリーをはてなブックマークに追加