廃校校舎やグラウンドを使って初開催された「玄海町スポーツフェスティバル」。旅館組合の組合員もそろいのジャンパーを着て運営に汗を流した=東松浦郡玄海町の旧値賀中

■停止影響、限定的の見方も

 玄海原発3、4号機の審査合格から1カ月後の2月17日、玄海町民会館で開かれた唐津上場商工会の経済懇談会。羽田発の飛行機が遅れ、衆院議員の古川康(58)は息せき切って会場に入り、壇上で切り出した。

 「昨年のこの席上で『来年の今頃は玄海原発が再稼働しているようにしたい』と話したら、上田(利治玄海町)議長から『それでは遅い。もっと早く』と言われた。あと一歩、あと数カ月という段階まで来ている」「一つ一つ積み重ねながら再稼働に導くことが上場商工会の経済にも副次的に効果をもたらす」

 昨年末に亡くなった元九電社員の父にも触れ、「最期まで稼働していないことを残念がっていた。(再稼働の)その姿を見せたかった」とも。知事時代の「やらせメール」発覚以降、九電との関係は口を閉ざしがちだったが、時機が来たと判断したのか、「封印」を解くような発言を続けた。

 玄海原発の全基停止から5年超。町長の岸本英雄(63)も7日の同意表明で商工業の振興や福祉の向上を挙げ、「稼働しているのとしていないのでは様子が違う」と再稼働が地域にもたらすメリットを強調した。

 町は長年、九電の企業城下町として原発に依存してきた。町民の約1割が敷地内で働く。ただ、全基止まっても「仕事を辞めたり、変わったりしたという声はあまり聞かれない」。町内在住の住職・金子謙三(54)は影響を限定的とみる。

 「厳しさを増すのはあくまで町の財政。原発が止まると困る、動き出すといいことがある。そんな気分にみんなが慣らされているのでは」。町の新年度予算案は総額77億円で、原発関連の歳入が全体の3分の2を占める。潤沢な予算が、町民の「思考停止」をもたらしているとすら感じる。

 金子は東日本大震災後、毎年被災地訪問を続ける。「九電が原発を動かしたいのは当然。政治家は先々を論じるべきなのに、発想が事業者と一緒」。経済重視の現実主義の一方、使用済み核燃料の最終処分場のメドすら立っていないもう一つの「現実」に目を背けていることを危惧する。

 町議会が再稼働に同意した翌日の2月25日。旧値賀中学校には、サッカーやバドミントンを楽しむ子どもたちの声が響いた。震災後、スポーツ大会や合宿誘致に取り組んできた町の旅館組合。今回は廃校を利用し、地元業者が特産品を販売する出店も並んだ。

 「若い人の危機感の表れ」と組合長の溝上孝利(58)。震災前は自分の経営しか頭になかった。原発停止で宿泊客が一時激減し、「一軒一軒バラバラではやっていけない。みんなで力を合わせなければと明らかに変わった」。

 安全対策工事の特需があり、各旅館の稼働率は6~7割。原発が動いているよりむしろいい数字だ。それでも、溝上は「組合員は40代が中心。今から子育てする人もいる。5年先、10年先を見越して今のうちに手を打たないと」。今後も政治に翻弄(ほんろう)されるのは覚悟の上で自立の道を探る。

 「原発もある町に」。震災後、岸本はことあるごとに繰り返してきた。「3・11」から6年。原発事故前に時計の針は戻るのか。一人一人の意識が問われている。

(敬称略)

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