「幕末維新期の佐賀の歩みを内外に発信する機会に」と話した内閣官房「明治150年」関連施策推進室長の原田淳志さん=東京・霞が関

■遺産保存最後の機会

 明治以降の近代化の歩みを伝える文書や建物は、保存状態が十分ではないものも多い。失われようとしている遺産をどう残すのか。早急な対策の必要性を学識者が指摘している。

 「150年の節目にきちんと振り返り、未来につなげていくことが大事だと考えています。このタイミングが保存に向けた最後の機会かもしれない。次の節目の200年では遅すぎる」

 「デジタル・アーカイブなど保存手法は進化し、これまでも博物館や図書館で資料化されてきたものはあると思います。ただ、全体としては統一性が不十分。後世の人たちの利便性も考え、各分野を横断するような資料化も必要でしょう」

 明治改元100年の節目に当たる1968(昭和43)年、祝賀ムードは全国に広がり、さまざまな記念行事があった。当時の日本は、高度経済成長期を経て世界の先進国と肩を並べるまでに発展していた。

 「時代背景もあって、当時はお祝いムードが強かったようです。日本武道館で1万人規模の記念式典が開かれ、国立歴史民俗博物館(千葉県)や全国初の国営公園となる武蔵丘陵森林公園(埼玉県)など、記念施設が各地に整備された」

 「国と地方公共団体が実施した記念行事は合わせて5607件。これとは別に民間でも多彩なイベントが催されたと聞いています」

 150年目に向けては一定の方向性を示したものの、具体的な施策の中身はこれからの検討になる。

 「式典は100年の時ほど大規模にはならないと思いますが、関係者の意見を聞き、推進室で案を練っていくことになりますね」

 「予算を伴う事業計画は、18年度予算の概算要求がある今年夏に照準を合わせています。当面は明治150年の認知度を上げていく必要があるので、広報活動に力を入れます。国が全ての事業を実施するというよりも、地方公共団体や民間にも積極的に参加してもらいたいと考えています」

 幕末維新期の佐賀を捉え直す機会にもなる。

 「佐賀には七賢人をはじめ豊富な人材がいました。反射炉など、幕末の佐賀藩が培った先進技術は明治以降の日本の発展にも寄与しました。佐賀の人たちは、こうした地に生まれたことをもっと誇っていいし、気概を持ってほしい。往時の人たちの業績を振り返り、県内外に発信する機会にしてもらいたいですね」

 佐賀県庁に勤務した経験がある原田さん。山口祥義知事とも親交が深く、150年記念事業ではタイアップも予想される。

 「薩長土肥が前面に出過ぎると、別の地域が盛り上がりを欠いてしまう不安もあり、バランスが難しいですね。政府としてやる以上、日本全国で取り組んでほしいという気持ちはある」

 「一方で、佐賀県とのタイアップは今後いろいろな話が出てくると思うし、一緒に取り組めることもあるでしょう。佐賀で暮らした一人として、佐賀の応援団でいたいと思っています」

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