道路際から見える昭和56年に佐賀市の史跡に指定された「御館の森」と石碑=佐賀市鍋島

■地域で守る鍋島家発祥の地 

 江戸時代、佐賀は鍋島氏の藩政が続いた。その鍋島家の発祥の地「御館(おたち)の森」(佐賀市鍋島)は、佐賀大医学部西の信号から嘉瀬川に向かって車を走らせていると、周りの畑より少し小高い所にある。

 南北朝時代、鍋島の始祖とされる長岡経秀が山城国(現在の京都府南部)長岡から子の経直と肥前に来て居を構えた場所。そして土地の名前を取って鍋島と名乗り、応永年間(1390~1428)に経直が本庄に移るまで、この地に住んだと伝えられる。

 説明板とともに、経秀の法名の「崇元」が刻まれた「崇元大禅定門」書いた大きな石碑が建っている。方形の区画には春は桜が満開。大きな木もあり、すがすがしい空気が漂っている。

 地元の「長生会」の高齢者の方たちが、草取りなど行いきれいにしている。会長の立川克己さんは「昔からあった所を、大事にしなくてはいけないという気持ちです。口伝でしか残っていないので、はっきり文献があればいいのに」と話す。そして高伝寺に移る前の鍋島家の菩提寺の観音寺や、長岡から移してきた天満宮など近くにあることを教えてもらう。「御館の森」は、これからも地元の人たちに守り続けられるだろう。(地域リポーター・上原和恵=佐賀市)

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