「日本一美しい村」に、かつて民間団体が認定した福島県飯舘村は原発事故で全村避難を余儀なくされた。佐藤京子さん(81)が、佐賀県大町町の次男夫婦宅での避難を切り上げ、村に帰ったのは昨年7月。避難指示の解除に向け、生活準備のための「長期宿泊」ができるようになったからだ◆手紙や電話を通じて知る佐藤さんの近況は「やっと何とか落ち着いた」というところだ。2004年に亡くなった夫の位牌(いはい)も持ち出せず、6年前、1人バスに乗り、涙で故郷を後にした。<亡き夫(つま)に留守を託して避難立ち>。その時、詠んだ句だ。大町に来ても望郷の思いは募るばかりだった◆今は長男夫婦と住み、念願だった墓参りもできた。「でも、さびしいの。近所の人はほとんどいない」。避難前の村の人口は6500人。「長期宿泊」で戻ったのは350人ほどにすぎない。畑に積み上げられた、除染廃棄物を入れた袋をながめる暮らしという◆「3・11」からきょうで6年。この春、飯舘を含む福島県内の4町村への避難指示が解かれるが、病院や商店が閉じたままでは帰りたくても帰れない。放射線への不安もあるだろう◆<山美しく 水清らかな…>。飯舘村民歌にうたわれた、以前の山里は戻ってくるだろうか。「原発は罪深いと思う」。佐藤さんからぽつりとこぼれた言葉である。(章)

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