城原川ダムの水没予定地の神埼市脊振町岩屋、政所地区=2016年10月、ドローンで撮影

財津知亨所長(左)に要望書を手渡す眞島修会長(中央)=佐賀市兵庫南の武雄河川事務所佐賀庁舎

 国の事業見直し対象となっていた城原川ダム(神埼市)建設を佐賀県や流域の神埼、佐賀両市が了承して1年。事業継続を決めた国は本年度、地質調査に入るが、立ち退きの範囲が定まる時期のめどは立っていない。「移転や補償の対象になるのかどうか」「もうわれわれも長くない…」。水没予定地に暮らす住民は不安と焦りの日々を強いられている。

 「ダムの話が出たのは私が34歳の時。今はもう80歳になりよるよ」。10日、佐賀市の国交省武雄河川事務所佐賀庁舎。要望に訪れた城原川ダム対策委員会の眞島修会長(79)が翻弄(ほんろう)された歳月の長さを引き合いに切々と語った。「もう待てない」。早期着工の要望書を受け取った財津知亨所長は「皆さまの思いはしっかりと受け止めたい」と繰り返した。

 脊振山から神埼市内を縦断する城原川。中流域が宅地に比べ、川底が高い「天井川」という特性上、氾濫を繰り返した歴史があり、ダム計画の検討が続いてきた。すでに予備調査から46年が経過。予定地は「脊振町と神埼町仁比山地区の境付近」が想定されるが、これまで明確な水没区域は示されていない。

 9日のダム建設促進期成会の設立総会に同席した予定地住民の反応はさまざまだった。80代の男性は「生きている間に(完成は)見られない」と悲観した。別の男性は、水没地の目安となる貯水量を確保するための境界線がどこまで来るかを懸念し、「まだ地区への影響が見えてこない」と気をもむ。

 加えて、集落は山あいで昨年10月、土砂災害警戒区域に指定された。4月中旬には、神埼市に大雨警報が出された際、政所公民館裏でのり面が崩れた。城原川ダム対策同盟の實松英治会長(75)は「山に人が入らなくなった上、近年の異常気象で大雨が降る度に不安になる」と危険と隣り合わせで暮らす現状を訴える。

 武雄河川事務所によると、ダム建設の工期は13年、うち用地補償契約に4年を見込む。本年度は地形や地盤を調査する。この調査を基に付け替え道路や工事施設などを含んだダムの詳細な設計図を描いた後、立ち退き範囲が決まる。

 昨年までのダム検証作業で、九州では国直轄のダム5カ所の継続が決まり、予算要求の集中は避けられない見通し。担当者は「補償交渉に入る時期は未定だが、できるだけ早くという思いはある」と話す。

 城原川ダム建設で水没や工事に伴う立ち退きの影響が及ぶとされる脊振町岩屋、政所地区、神埼町仁比山地区。インフラ整備が遅れ、過疎化が進んだ。眞島会長は一気には進まない計画にもどかしさを抱える住民の思いを代弁する。「せめて生活再建対策が始まれば、皆さんの安心感につながる。それでもやっと期成会を立ち上げてもらえるところまできた。本当に心強い」と期待する。

=ズーム=

 城原川ダム 国の直轄事業で、計画では堤防の高さ60メートル、頂上部の長さ330メートル、有効貯水量350万トン。洪水調節だけを事業目的とし、堤防の底付近に放流口を設けて水をためずに自然放流する「流水型ダム」を採用している。総事業費485億円。現在は実施計画調査段階になっている。

■城原川ダム計画を巡る経過

1971年4月 国が予備調査に着手

2005年6月 古川康知事(当時)が治水専用の「流水型ダム」での建設を国に提案

 06年7月 国が城原川ダム建設を明記した筑後川水系河川整備計画を正式決定

 09年12月 民主党政権で城原川ダム計画が是非を改めて判断する検証対象になる

 10年12月 検証作業を進める「検討の場」の第1回準備会が開かれる

 14年10月 3年10カ月ぶりに検討の場第2回準備会開催

 15年1月 山口祥義氏が知事に就任

    5月 検討の場の本会合がスタート

 16年1月 第3回検討の場でダム案を最も有利とする素案まとめる

    2月 学識経験者の会合で検討の場の素案の意見聴取。ダム案に一定の評価示される

    2月 神埼市と佐賀市で流域住民の意見公聴会を開催

    5月 第4回検討の場で佐賀県と流域自治体が事業継続を妥当とする国の案を了承

    7月 国が見直し対象となった城原川ダム建設の事業継続を決定

 17年1月 水没予定地の3団体が国と詳細調査実施に関する協定を締結

    5月9日 神埼市と佐賀市が城原川ダム建設促進期成会設立

    5月10日 水没予定地の住民団体が国に早期着工を要望

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