遠藤周作は小説『王妃マリー・アントワネット』でフランス革命を描いた。やがて訪れる悲劇的な最期を知らない王妃が、民衆のまなざしの変化や無言の怒りに「どうして。私はパリの人に愛されているつもりでしたのに」と心の中でつぶやく場面がある。韓国大統領の座を追われる朴槿恵(パククネ)氏を考えるとき、いつも思い出す◆暗殺された元大統領の長女。悲しみの前半生は逆にカリスマ性を高め、初の女性大統領へと押し上げる原動力になった。しかし、父が側近たちに裏切られたトラウマは消えなかった。猜疑(さいぎ)心と孤独が親友への依存を高め、一連の汚職事件を引き起こした◆連日の大規模デモで何を考えたのだろうか。事件の首謀者ではないかもしれないが、悲運の大統領だと美化は許されない。説明の機会も、責任もあったが、それを拒んだ。憲法裁判所が全員一致で「罷免」としたのも、調査に協力しなかった朴氏に責任がある◆アントワネットは本人があずかり知らぬ「首飾り事件」で、ぜいたく三昧の王妃と悪い噂(うわさ)が広がった。もし彼女が説明を尽くしていたら、民衆の怒りで多くの血を流した革命は違う形になったかもしれない◆疑いのまなざしから逃げたり、開き直ったところで国民の信頼が取り戻せるはずはない。そのことは韓国も、その隣国もきっと同じはずなのだろうが。(日)

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