「技術を高めるに終わりはない」と87歳の今もほぼ毎日のように絵筆を持つ川原留雄さん=有田町南山の陶次郎工房

「自作は愛着があるのでなかなか手放せない」と話す川原さん。工房兼展示場には花瓶や香炉などが並ぶ=有田町南山の陶次郎工房

 有田町の自宅近くに開いた工房兼展示場には、花鳥を描いた花瓶や香炉が所狭しと並ぶ。いずれも白磁に赤が鮮やかに映える。絵を描くときに最初に考えるのは「赤を入れる場所」。筆を執る前に、構図を決めるのに時間を掛ける。「赤の場所次第で絵が生きもするし、死ぬこともある」と配置に腐心する。

 大町町生まれ。幼いころから絵を描くのは得意だったが、陸軍の少年飛行兵養成学校でパイロットになる訓練を積んだ。戦後、帰郷して仕事を探していたときに小学校時代の同級生から「有田で絵描きの仕事がある」と聞き、縁もゆかりもなかった焼き物の世界に飛び込んだ。

 窯元数社を経て、20歳で柿右衛門窯に入社。最初の数年は下絵付けを担当したが、希望して上絵付けに移った。以来、退職まで国重要文化財の柿右衛門製陶技術保存会(濁手(にごしで))の赤絵部門の中核として働き続けた。

 1992年に柿右衛門窯を退職。独立して窯を開いた。自らの作品を後世に残したいという思いからだった。「焼き物の評価が定まるのは100年、200年後。その時、『いい絵描きがいたな』と思ってもらえればいい」と「年月に耐えうる作品」を目指す。

 退職と同時に開き今も続ける上絵付けの教室や、県立有田窯業大学校などで指導した後進も数多い。若い人たちには「スケッチの大切さ」を説く。工房には人物や路傍の草花を描き、彩色したスケッチブックが何冊も残る。絵に生き生きとした立体感を生み出す線の強弱、色の濃淡は「何十枚何百枚とスケッチを続けて身につく」と考えている。「窯大生ら若い人は絵を描くのが好きな人が多い。研さんを続ければいつか花が開く」と期待する。

 4月に88歳となる。「今は気が向いたときだけ」と言いながらも、ほぼ毎日、机に向かう。「締め切りもノルマもないから楽しくてやめられない」と充実の日々を送る。

 作陶50年や喜寿など、節目の年に個展を開いてきた。傘寿(80歳)展の時に「『次は米寿(88歳)で』と言われた。もう絵を描く元気はないだろうと断ったけど、まだまだやれた。惜しいことをした」といたずらっぽく笑う。「技術を高めることに終わりはない。いつまでも努力あるのみ」。さらなる高みへ、絵筆を持ち続ける。

 ■かわはら・とめお 1929年大町町生まれ。49年柿右衛門窯入社。80年伝統工芸士(上絵付け)認定。92年柿右衛門窯退社、陶次郎工房を開く。95年現代の名工。伊万里・有田焼伝統工芸士会会長や日本伝統工芸士会幹事などを歴任。工房は有田町南山丁240の1。電話0955(42)6907。

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