ロッテ戦で逆転満塁本塁打を放ち、ナインに迎えられるDeNAの宮﨑敏郎選手=6月15日、横浜スタジアム

■努力で開花、地元「もっと活躍を」

 唐津市見借(みるかし)出身でプロ野球・横浜DeNAベイスターズの宮﨑敏郎内野手(28)が今季、目覚ましい活躍を見せている。「5番・三塁手」で定着し、4日現在の打率は3割3分6厘でセ・リーグトップ。14、15日のオールスターゲームにも初めて選ばれ、野球少年のころから知る地元関係者は、ドラフト6位入団からプロ5年目の飛躍に喜び、沸いている。

 宮﨑選手は今季、左脇腹を痛めて出遅れたが、6月13日に規定打席に達すると首位打者に浮上。2日後にはプロ初の満塁本塁打を放つなど活躍し、ラミレス監督も「バットコントロールはセ・リーグで一番」と太鼓判を押す。

 厳木高では2年生からエースで4番。高校時代、外部監督として指導した会社員の大津国裕さん(42)は「唐津地区では投打でそこそこ知られた選手だったけど、今の活躍は想像できなかった」と目を丸くする。

 「投手主体で練習していたのによく打っていた。あの身長(172センチ)で遠くに飛ばす力があった。練習で400球も500球も投げる選手で、左脇腹の負傷はバットの振りすぎだろう」と当時と今を重ねる。

 進学先の日本文理大(大分市)で野手に転向。唐津一中と日本文理大の同級生で、同大野球部コーチの幸島正明さん(29)も「才能があって努力の人。大学では週1日の休みの日も朝から練習していた」と話す。また「当てるのがうまく、空振りしなかった」と振り返る通り、三振数はリーグ最少の23(60試合)。打率で競り合う広島の丸佳浩選手の58(75試合)に比べて極端に少ない。

 小学6年から4年間、硬式少年野球チーム「唐津ボーイズ(愛称・唐津スカイヤーズ)」に所属。当時の代表の小島俊郎さん(60)は「最初は一軍の試合に出るだけで喜んでいたが、今では打たないと物足りない。オールスターでも活躍を」と期待を寄せる。

 後援会組織はまだないが、当時の保護者やチーム関係者は6日にも、大手口センタービルに球宴出場を祝う懸垂幕を掲げる予定。地元も熱を帯びてきた。

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