「一番通夜」では、琴路神社周辺の17地区が夕方から代わる代わる浮立を披露する。新町の「子供獅子浮立」は、女子が奏でる太鼓に合わせて、男子が力強く獅子舞を演じる=鹿島市納富分

鉦や太鼓を打ち鳴らしながら、神社の参道を上ってくる浮立の一団。近年はどの地区も小中学生が貴重な「担い手」になっている

本殿前には奉納を待つ浮立の一団が次々と並び、集落名が書かれた提灯に囲まれながら、威勢のいい浮立のはやしが、境内のそこここで響く

■「台風来るな」浮立で願い

 今年、立春から数えてちょうど210日目の8月31日。台湾の南海上では熱帯低気圧が不穏に発達を続けていた。

 台風シーズンに当たる「二百十日」のころ、農作物を強い雨風から守る「風鎮め」の祭りが各地で盛んになる。

 鹿島市納富分の琴路(きんろ)神社で毎年この日に行われているのが「一番通夜」。「つや」ではなく、「とおや」。集落名を記した高張り提灯(ちょうちん)や豆提灯を掲げ、氏子の地区が代わる代わる浮立を奉納する。300年以上の歴史があり、かつては夕方から翌朝まで夜通しの祭りだったのが名前の由来とか。

 午後5時すぎ、鉦(かね)や太鼓の音が境内に響き始める。まだ日の高い、祭りにしては幾分早い時間から始まるのは、子どもたちが「主役」の地区が増えたからでもある。

 「以前は浮立の担い手だった若者が、どこの地区も少なくなって」と、宮司の藤川耕一さん(54)。少子化とはいえ、長年住民たちが守り継いできた浮立を子どもたちに託そうとする地区は多いらしく、「子どもたちが参加すれば、自然と保護者も見物に集まってくれる」。伝統の継承と祭りの活気は、今や地元の小中学生たちの肩にかかっている。

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 「毎年、うちが一番乗りだったんだけど…」。境内の隅で演者たちの到着を待っていたのは新町地区の関係者。浮立を披露する17地区の中で、古くから小中学生だけの「子供獅子浮立」を編成してきた自治会だ。

 新町地区は市中心部の、目抜き通りに面した細長い商店街。その独特の形状から住民同士の交流が乏しく、地域の一体感を醸成しようと、戦後始まったのが、子どもたちによる浮立だった。

 今年はたまたま転入者が多く、男子16人、女子21人と近年になく参加者が増えた。それで移動のマイクロバスに乗るのに時間がかかったというのだから、待ちわびる関係者の声も心なしか明るい。

 ほどなく姿を現した「主役」たちは早速、本殿の前へ。2体の獅子が躍動し、息の合った太鼓が「エンヤーサ」「ハイヤーサ」と合いの手を入れる。獅子舞は男子、太鼓は女子が受け持つ決まり。祭りから女性が排除されないのが、きわめて「戦後的」と言えるだろうか。

 奉納を終えた新町地区の子どもたちが家路につくころ、あちこちから提灯を掲げた浮立の一団が参道を上ってくる。どの地区も子どもの数を誇らしげに競っているように見えた。

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 午後9時すぎまで続いた一番通夜が終わると、10日おきに「二番通夜」「三番通夜」と続く。早生(わせ)から晩生(おくて)まで、品種によって異なる稲の出穂時期に合わせて、細やかに祈願するのがこの地域の習わしだ。

 一番通夜の翌日、熱帯低気圧から変わった台風12号はその後、県内を通過したが、どういうわけか影響はほとんどなかった。子どもたちの浮立に込めた願いが、きっと成就したのだと信じてみたい。

<余録>

新町子供獅子浮立

 新町地区の「子供獅子浮立」は、獅子舞を新籠(しんごもり)地区、合いの手が入る一声浮立を筒口地区から学び、1962(昭和37)年に初披露。親から子、そして孫へと3世代にわたって受け継がれてきた。通夜の前には、お盆明けから毎晩、地元の公民館に集まって、練習に励む。浮立保存会の会長前山直洋さん(72)は「地区にとって、すっかり伝統行事。どんなに時代が変わっても、続けていかんとね」と話す。

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