米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設をめぐり、最高裁は沖縄県知事の訴えを退け、国の工事再開を容認した高裁判決が確定した。司法が沖縄の在日米軍の存在を積極的に認めた判決となったが、戦後、基地の苦しみに耐え続けてきた沖縄県民の思いとは乖離(かいり)したものだ。

 最高裁の判断を簡単に言えば、「住宅地の中にある普天間飛行場の危険を除去するには辺野古沿岸部に移設するしかない。そうしなければ、普天間の被害が続くだけだ」と高裁判決を追認した内容になっている。沖縄は北朝鮮の長距離ミサイルの射程圏外にある一方で、米軍グアム基地との距離が近く連携がとりやすいなどの理由を並べ、「県内移設が地理的優位性が認められる」としている。

 沖縄県は知事が持つ沿岸部の埋め立て承認権を盾に裁判を闘ってきたが、移設予定地は米軍のキャンプ・シュワブの敷地内にあり、裁判所は「地域振興の妨げにもならない」と県の訴えを退けた。

 普天間飛行場の返還について日米が合意し、20年がたつ。沖縄の米軍基地移設は国政の重要問題であり続けているが、司法は積極的に基地の「県内移設」を是認する形となった。

 沖縄県民は選挙を通じ、「基地反対」の民意を示し続けていることをあわせて考えれば、やり場のない憤りをどこにぶつけたらいいのかという思いだろう。

 先日示された神奈川県の厚木基地訴訟の最高裁判決でも、住民の騒音被害を認め、国に賠償金の支払いを命じているが、高裁が認めた「早朝と深夜の飛行差し止め」は棄却した。司法は高度な政治問題について判断を避ける傾向があるが、日米同盟に関わる問題はさらにその傾向が強い。

 それでも、と思う。政治が沖縄県民の思いに配慮する姿勢を見せれば、少しでも思いは満たされるのかもしれない。しかし、米軍は新型輸送機オスプレイの大破事故からわずか6日で飛行再開した。

 散乱した機体を分析して、事故原因調査が行われたとはとても考えにくい。海上保安庁が求めた捜査協力についても、米軍は地位協定を理由にまだ回答がない。徹底的な原因究明を求めた沖縄県民の思いはここでも無視された。

 来月には、「世界の警察官」を演じてきた米国の国防政策見直しを唱えるトランプ政権が誕生する。新政府とは基地問題で波風を立てたくないという日本政府の意向もあると言われている。稲田朋美防衛相は「米軍の説明で、国民全体が理解できるのではないか」と話しているが、あまりに県民感情と懸け離れていないか。

 沖縄の苦しみ。これが佐賀県だったらと想像してみたい。佐賀空港へのオスプレイ配備がいったん決まれば、裁判でも、選挙でも、それを覆すのは難しい。

 現行計画では自衛隊機のみの配備だが、米軍が訓練で使用する可能性は否定されたわけではない。今回の大破事故の対応を見てもわかるように、トラブルが起きても、日本政府が責任をもって対処するわけでもない。

 沖縄県に集中する基地問題は、日本全体で考える必要がある。一方で、一度引き受ければ、後戻りはできない。基地問題に直面する県はそれだけの覚悟が必要だと自覚すべきだろう。(日高勉)

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