議員立法の教育機会確保法が、可決成立した。不登校の児童生徒を国や自治体が支えることを規定した初の法律。当初検討したフリースクールなど学校以外での学習も義務教育とみなすことは見送られたが、「学校に通うことができない」子どもに多様な学習機会を保障し、学ぶ権利を支える一歩にしたい。

 深刻な不登校問題に関心を寄せる超党派の国会議員連盟が昨年まとめた当初案では、不登校児童生徒の教育機会確保のために、市町村教委の関与の下、自宅や民間のフリースクールで学ぶことも義務教育として認める内容だった。これが法制化されれば、学校以外での教育も義務教育とする教育の一大転換点になるはずだった。しかし、「不登校を助長する恐れがある」などとする議員の反対や、教委の関与でフリースクールの「学校化」を懸念する一部保護者の声もあって見送られ、残念だった。

 文部科学省の調べでは昨年度、全国で不登校(30日以上の欠席)の小中学生は16万6009人。ここ20年ほどは毎年10万人超と高止まりしている。佐賀県内では小学生214人、中学生767人が不登校状態だ。

 不登校の原因はさまざまだ。いじめや教師の不適切な指導が原因になることもある。価値観が多様化する一方で、学校教育の硬直性や画一性が原因とする見方もある。現状の学校を中心とした公教育では、補完しきれない一定数の児童生徒がいることは明らかだ。

 こうした、学校に通うことができない子どもたちに、学校以外の学びの場を与えること、学校以外の選択肢を示すことが当初、議員連盟が求めた立法の趣旨だった。しかし、法律に盛り込まれたのは、行政が学校復帰を指導する教育支援センターや不登校特例校の整備など、現在行われている施策が中心で、まるで「不登校対策」法になってしまった。現況の制度や対策に手詰まり感があったからこそ、新たな立法を目指したはずである。

 義務教育とは、子どもが学校に通う「義務」を負うものではない。保護者に、教育を受けさせる義務を果たさせる意味だ。「不登校」という言葉には、義務を果たせない親、子ども双方に、後ろめたさを感じさせる響きがある。しかし、責められるべきは、学校に通うことのできない子どもや親ではなく、学校に代わる教育機会を用意できずに子どもたちから教育の機会を奪い、義務教育を果たせていない行政こそ、責を負うべきだ。その解消への足掛かりとなるのが、教育機会確保法ではないだろうか。

 大切なのは、学校に行けなくなった子どもを、学校に連れ戻す目的の「不登校解消」ではなく、さまざまな選択肢の学習機会を提供することだ。これまで唯一絶対とされてきた「学校」の他にも多様な学びのあり方を示すことで、学校に行けないことへの自責の念から解放し、自分に合った方法で学び、育つことのできる社会の実現が求められる。

 幸い、法律は3年以内の見直しを盛り込んでいる。単なる不登校対策ではなく、子どもが生き生きと学べる教育機会を与えるものになってほしい。不登校を生む学校制度の抜本的な見直しをも含む議論が再度必要だ。(田栗祐司)

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