福島市から避難し長崎市の離島、高島で暮らす木村雄一さん

■地域の将来、本気で考えて

 東京電力福島第1原発事故で福島市から鳥栖市に自主避難し、4年前から長崎市の離島、高島で暮らす。

 「安心して子育てできる環境を求めて避難してきたけど、鳥栖の60キロ先には玄海原発があって、福島市と福島原発の距離と同じだった。鳥栖では感謝しきれないほどの支えを受けたが、不安を抱えたまま住み続けることはできなかった」

 原発事故後、それまで無縁だった脱原発運動に関わるようになった。2013年の参院選では政治団体「緑の党」から比例代表で立候補し、落選した。

 「避難者の声を国政に届けたい一心だった。被災者支援と脱原発を訴える一方で、運動の象徴としての役割を担わされることに『原発を止めるためにここに来たんじゃない』という葛藤もあった。当時、『原発を再稼働させないために力を貸して』と何度も言われたが、やはり、地域の将来は地域の人が本気になって考えないといけないと思う」

 今は政治的な活動とは距離を置いている。

 「脱原発社会の実現にはライフスタイルの見直しも必要で、島では避難者向けの公的支援は受けず、喫茶店や海難救助の仕事をして生計を立てている。大量生産や大量消費のシステムに頼らない自立した生活にさまざまな地域で取り組めば、おのずと脱原発の道が開けるのではないだろうか」

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