修復を終えて姿を現した、日本地図をかたどった庭=佐賀市中の館町の赤松小学校(ドローンで撮影)

四国エリアの石組みに白い砂利をまく児童=佐賀市中の館町の赤松小学校

 佐賀市中の館町の赤松小学校に長年伝わる、日本地図をかたどった石組みの庭園が改修され、久しぶりにその姿を現した。「佐賀城本丸のお屋敷にあった」という説もある由緒あるもので、保護者や地域住民のバザーなどを通して復活を遂げた。12と13の両日、全校児童が石組みの内部に白い砂利を敷く作業をし、完成させた。

 庭は横幅約30メートル、縦約20メートルと大型で、地上から見ても全体像が良く分からない。同校が1993(平成5)年、佐賀市城内から現在地に移転する前は日本地図の形をした池だった。移転の際、池を囲む石だけが一緒に移され、ここ数年は雑草に埋もれていたという。

 昨年4月に同校へ赴任した山田良典校長は、児童から「校長先生、日本地図きれいにしないの?」と言われ、庭の存在に気が付いた。山田校長の呼び掛けに保護者や地域住民が庭を再生させようと動き、バザー収入や市の補助金などを活用して実現した。

 砂利を敷く作業を見守った、40年前に同校を卒業した田中聖一郎さん(53)は「旧校舎の中庭にあって、コイやメダカが泳いでいた。遊んで叱られた思い出の場所」と話す。

 庭の成り立ちには諸説ある。鍋島氏が佐賀城本丸の屋敷に作ったという説、「記念園 大正十一年」と書かれた石碑があることから、大正時代の卒業制作とする説もあるが、石碑は土に埋もれて全体が読めない。卒業生の田中さんは「当時は先生から『化け猫騒動の池』と脅されていた」とも笑う。校舎から離れ、通常は真上から見ることができない“謎の地図”は、敷地の角で不思議なたたずまいを見せる。

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