『龍造寺家と鍋嶋直茂』と出版した市丸さん

 武雄市橘町の市丸昭太郎さん(76)が歴史研究書『龍造寺家と鍋嶋直茂』を出版した。龍造寺家の勃興から鍋島佐賀藩の成立までを各種文献や古文書などで研究し、まとめた。「龍造寺家の家紋は『十六日足』」という考察も示している。

 市丸さんは名村造船所を退職した1998年から郷土史研究を始め、今は橘町歴史研究会や肥前中世史研究会のまとめ役を務める。高齢者大学で知り合った向井綏子(すいこ)さん(鹿島市)と中島キヌヨさん(太良町)を指導しながら龍造寺家と鍋島家の研究に取り組んだ。研究開始から製本化まで6年ほどかかった。

 A5判、337ページの本には、戦国時代に肥前(佐賀)の国人から北部九州を治める大名に成長した龍造寺氏の勃興から、鍋島勝茂が藩政を担うようになるまでを、鍋島公譜や北肥戦誌などの古文書や関係書物、史跡などをもとに記した。

 文書研究に加え史跡なども訪ねたことで“発見”もあった。龍造寺家の家紋は「十二日足」とされるが、正應寺(牛津町)や本家の子孫が持つ鎧兜(よろいかぶと)に「十六日足」の紋があることを確認。市丸さんは「本家の紋は十六日足で、十二日足は庶子(分家)の紋だろう。『葉隠』などにもそうした記述がある」とみる。

 そのほか、龍造寺隆信の母・慶誾尼(けいぎんに)が、鍋島直茂の父・清房に嫁入りしたことを「豪勇で粗野な隆信と誠実で律義者な直茂を義兄弟にして、2人で龍造寺家を興すと考えた」とし、慶誾尼の生前墓の建立日が豊臣秀吉の命日になっていることを「親交が深く命をささげたのか」と推察する。

 市丸さんは「佐賀の歴史の原点でもある龍造寺家と鍋島家の正史を知ってもらうきっかけになれば。武・勇・知に優れ、家臣の信頼も厚かった直茂の遺訓にも目を向けてほしい」と話す。

 1944円。県内書店や佐賀新聞販売店などで扱っている。問い合わせは佐賀新聞プランニング出版、電話0952(28)2152。

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