作家の池波正太郎はエッセーに書いている。「戦後、レコードがLPになったときのよろこびを何にたとえたらよいだろう。ともかくも、夢中になって種々のレコードを漁(あさ)り、聴きまくったものだ」◆彼は戦前、長唄を習っており、そのレコードも聴いたが、せっせと集めたのはジャズである。クラリネットのベニー・グッドマンが大のお気に入り。1938(昭和13)年、ニューヨークのカーネギーホールへ初出演した時の録音盤を愛聴し、満員の聴衆の熱狂ぶりが「目に浮かぶように感じられる」と記した◆そんなレコードファンが喜びそうなニュースである。ソニーがアナログレコードの自社生産を約30年ぶりに再開する。レコードを聴いて育った世代だけでなく、若い人にも人気が広がり需要が増えているためという◆昨今は、往年のカセットテープも、もてはやされていると聞く。アナログは傷つきやすく音も劣化し、保存も難しい。しかし音質に温(ぬく)もりがあり、手間がかかるところに味わいもある。デジタル配信全盛の時代だからこそ、引かれる何かがあるのだろう◆筆者が高校の時、初めて買ったLPレコードは、ジョン・コルトレーンの「至上の愛」だった。家の真空管アンプを通して聴いたサックスの音色は温かみに満ちていた。セピア色の遠い記憶が、鮮やかによみがえる。(章)

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