朝鮮半島出身陶工が望郷の宴を開いた観音山山上で韓国の伝統楽器を演奏する高麗躍メンバー=有田町

 有田焼の誕生に寄与した朝鮮半島出身の陶工が、江戸時代に望郷の宴で舞ったとされる「ヒウラク舞」の再現行事が18日、有田町の観音山山上であった。町民4人が韓国の伝統楽器を打ち鳴らし、焼き物の里の先人に感謝した。

 舞は昨年の有田焼創業400年を記念し、同町3区が10月の皿山まつりで「高麗躍」として披露した。有田焼の陶祖・李参平の出身地の韓国・公州(コンジュ)市の農楽師から指導を受け、11月には同市にある李参平の記念碑の前でも現地の人とともに踊った。

 この日は有田焼の草創期に指導的立場だった李参平と、有田焼の母と呼ばれる百婆仙(ひゃくばせん)の子孫の金ケ江、深海両家の「祖霊の碑」前で奉納。白い衣装に身を包んだ4人が、かねのケンガリや太鼓のチャンゴなどで李氏朝鮮時代の農楽「チャンジモリ」を演奏した。

 祖霊の碑に韓国の酒マッコリをささげた世話役の吉島幹夫さん(63)は「陶工たちが春分の日と中秋の名月にこの場で舞ったとされている。韓国との交流とともに、末永く続けていきたい」と話した。

このエントリーをはてなブックマークに追加