眞光寺の前住職 田中信之さん

■宗教の役割考える

 東日本大震災の被災地を2014年と15年に訪れた。佐賀の僧侶や檀家(だんか)と会津若松地方を巡り、仮設住宅の戸をたたいた。

 「避難者は『泣く場所がない』という。仮設住宅は壁が薄く、隣に聞こえてしまうから泣き声を漏らせない。ふるさとを返して、お墓を返して…そんな思いをはき出せない」

 宗派や宗教の違いに関係なく、手を取って思いを受け止めた。そうしながら、原発事故の立ち入り規制が解除された地域の寺院跡地を訪れると、別の現実を思い知らされる。

 「町は無人で、崩れた本堂の下からは大量の蚊が飛び立った。檀家は散り散りになり、転居先が分からない。宗教施設の復興策は事実上、後回しになっている。こうした状況では寺の再建は見通せない。では、手を合わせて心の安寧を得たい人たちの思いの受け皿はどうなるのか」

 東日本大震災は宗教者の在り方も問い掛け、布教や伝道を目的にしない社会貢献活動が加速する契機になった。3月1日に佐賀市の願正寺で、仲間と開いた七回忌法要では約500人が手を合わせた。集まった浄財は被災地に贈る。

 「苦しくて悲しいとき、寄り添って立ち上がる手助けをするのが宗教者。遠く九州からも『思っているよ』と伝え続けたい」

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