建築家の津端さんが「最後の仕事」として設計草案を手掛けたカフェや菜園を併設した施設=伊万里市二里町

医療法人「山のサナーレクリニック」が開所した医療福祉施設内にあるカフェ=伊万里市二里町

■自然と共生 映画公開、注目集める

 戦後、数々のニュータウンを設計した建築家が、約50年後に手掛けた「最後の仕事」は、小さな医療福祉施設だった。伊万里市の医療法人「山のサナーレクリニック」が昨年10月、同市二里町に開所した。心の病を抱える人と健常者が一緒に働き、社会参加につなげる施設の趣旨に共感し、津端修一さん(享年90)が無償で設計草案を作った。津端夫妻の暮らしを追った映画が全国公開され、施設も注目を集めている。

 施設「街のサナーレ・メンタルヘルス・ソリューションセンター」は、敷地約2千平方メートルに木造平屋の4棟と菜園がある。訪問看護やカフェ、カウンセリング機能のある複合施設。うつ病や統合失調症を抱える人たちと健常者が共に農作業や作物の販売、接客などにあたっている。

 草案を手掛けた修一さんは日本住宅公団の元職員。戦後日本を代表する愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウン(約700ヘクタール、人口約4万5千人)など、60年代ごろまで多くの都市計画に関わった。高度経済成長期に入り、経済優先の風潮が強まると、自然との共生を目指す設計の実現は難しくなり、建築の仕事から距離を置いた。高蔵寺ニュータウンに家を建て、野菜や機織りなど自ら作れる物は夫婦で作って暮らした。

 医療法人の元職員小山侑子さん(32)は2014年12月、簡素ながら豊かに暮らす津端夫妻を本で知り、施設に設ける菜園のヒントを得ようと、手紙を出した。「暖かくなったらお会いしましょう」。すぐに返事が届いた。

 センター長の木下博正さん(44)と小山さんは15年4月、津端夫妻に会った。施設に興味を持った修一さんから後日、手紙が届く。「新しい領域で新しい風を吹かせる挑戦に、心より声援を送ります」「私も90歳。人生最後のよい仕事に巡り会いました。謝金、設計料などはご辞退します」。建物を木造平屋にして自然と調和させる設計草案が送られてきた。直後の6月、修一さんは亡くなった。

 施設の設計を終えた段階だったが、木下さんたちは全面的にやり直して草案を生かした。開所直前の16年8月、妻の英子さん(89)が伊万里市を訪れた。施設を見た英子さんは「お父さんに見せないといけない」と、うれしそうにカバンから修一さんの遺影を取り出したという。

 開所から約半年。木下さんは「日常生活で『ありがとう』と言う側だった人が、仕事を通じて『ありがとう』と言われる立場になる。それが社会参加や自信をつかむきっかけになる」と手応えを感じている。

 修一さんが建築の第一線から身を引いて約50年。自然との共生を目指す小さな施設は、豊かな暮らしとは何かを問いかける。

 カフェの営業は火、木~土曜の正午から午後4時。映画「人生フルーツ」は佐賀市松原のシアターシエマで4月7日まで上映。2日に木下さん、小山さんによるトークイベントがある。問い合わせはシエマ、電話0952(27)5116。

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