多久家に仕えた諸田賢順の遺徳をしのび三味線や箏、尺八による合奏を披露=多久市多久町の専称寺

 筑紫流箏曲(そうきょく)の創始者・諸田賢順(1534~1623年)をしのぶ会が13日、多久市多久町の専称寺(川副春海住職)であった。琴や尺八の愛好家ら約80人が、賢順の菩提(ぼだい)寺に集まり、荘厳な調べの箏曲などを披露して郷土の偉人を顕彰した。

 しのぶ会は、多久家に仕えた賢順の命日に、27年前から市文化連盟(吉浦啓一郎会長)の主催で開いている。吉浦会長は「賢順がどんな思いで筑紫流箏曲を作ったのかを、しのぶ会を通して想像力を駆使しながら荘厳な音色を拝聴したい」と話し、市内に残る賢順の子孫らにねぎらいの言葉をかけた。

 川副住職が賢順を慰霊する読経を上げ、地元箏曲・尺八愛好グループが「六段の調べ」や「千鳥の曲」などを合奏。賢順をたたえる詩吟や和歌も披露された。

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