海を隔てた目の前に九州電力玄海原子力発電所がある=唐津市の向島

「なんじゃろか」と言って備蓄品の箱をのぞく区長の樋口洋二さん。避難所運営について唐津市からの説明が十分に行き届いていない=1月6日、向島の入野小向島分校

地図

■「事故ないよう祈るしか」

 遮るものが何もないため、実際より近くに感じる。九州電力玄海原発(東松浦郡玄海町)から南西6キロの海に浮かぶ唐津市の向島(むくしま)。人口約60人、周囲4キロの島に田畑はなく、漁業だけで生計を立ててきた。

 海を隔てた対岸で玄海1号機が稼働したのは1975年10月。目の前に原発がある暮らしにも歳月とともに慣れていったが、2011年の東京電力福島第1原発事故で見え方が変わった。1年のうち、原発の風下になる日が半数以上あるといい、島の人々は「大事故が起きれば、放射能がすぐ来る」と不安を募らせる。

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 政府は福島の事故を受け、自治体が避難計画を策定すべき地域を原発の半径10キロ圏から30キロ圏に拡大した。玄海原発では佐賀、長崎、福岡の3県で17の離島があり、島民約2万人の安全・安心を確保できるかが再稼働の重要な論点になる。

 唐津市の計画では、市内の7島は重大事故が起きれば船で避難することになっている。態勢が整うまでの屋内退避施設には、放射性物質の侵入を防ぐための対策を施す。今月末には全島で工事が完了する予定で、住民約1700人の当座の安全は確保できるようになるという。

 しかし、原発に最も近い向島で、新たな懸念が浮上している。

 屋内退避先となっている入野小向島分校。昨年末、土砂災害の危険度が高い「特別警戒区域」になっていることが判明した。鉄筋2階建ての校舎の裏手が急斜面となっており、大地震との複合災害で避難所が使えなくなる恐れがある。

 市危機管理防災課の担当者は「ほかに大人数を収容できるコンクリートの建物がなく、代替施設を用意するのは難しい。土砂災害があれば、自宅などに退避してもらうしかない」と話す。住民も複合災害の可能性までは気が回らないのが現状だ。

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 島は高齢化と人口流出が進み、2012年春には分校が児童数ゼロになり休校した。行政職員は常駐しておらず、事故に備えて島民だけで避難所を運営できるようになる必要があるが、実際にはそうなっていない。

 非常食、防護服、簡易トイレ-。避難所となる分校には、1週間生活できる備蓄品が山積みしてある。しかし、その内容を把握している島民は誰もいない。区長の樋口洋二さん(62)は「食料が何日分あって、防護服があるのかないのか。説明がなかけん、よう分からんとですよ」とこぼす。

 甲状腺被ばくを軽減するための安定ヨウ素剤についても、分校の隣の診療所に配備されているものの、服用方法を知る人はいない。市は「他の原発5~30キロ圏と同様、事故後に国が必要と判断すれば、職員が説明しながら配布する」としているが、職員が確実に島に行けるのかどうか。長崎県松浦市の鷹島では、全住民が事前配布の対象となっている。

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 「もう、島を売って金もろて、陸に上がって暮らした方がよか」-。島内だけで言われている冗談だという。島民の防災意識が乏しい背景には、行政の啓発不足とともに、原発が目の前にある島ゆえの諦めがある。避難計画に対する受け止めも冷ややかだ。

 「後継ぎでもおれば島の将来が心配だが、地元が再稼働を望むのなら、個人的にはしょうがなかと思うとる。事故がないよう祈るしかなか」と樋口さん。再稼働の手続きが進む中、憂い顔で海の向こうを見つめる人たちがいる。

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 玄海原発3、4号機が原子力規制委員会の審査に合格し、再稼働を巡る地元論議が本格化する。焦点となる離島避難の課題を探る。

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