司法には従わない-。そう公言したにも等しい国の判断に、佐賀県内や漁業者の間で失望と怒りが広がっている。

 国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門の開門差し止めを命じた長崎地裁判決について国は控訴せず、「開門しない」政治決断をした。しかし、国は民主党政権時代の2010年に開門を命じた福岡高裁の判決を自ら確定させ、「開門する」という政治決断をしている。確定判決に従うという法治国家のルールを曲げる政策転換であり、開門に有明海再生の望みを託してきた漁業者にとっては到底、受け入れられるものではない。

 国は福岡高裁の確定判決で「開門」、営農者らが開門差し止めを申し立てた裁判で「開門禁止」の相反する義務を課された。福岡高裁が堤防閉め切りと漁業被害の因果関係を認めたのに対し、長崎地裁の審理では国がこの漁業被害について主張しなかったことも異なる結論を招いた一因だ。

 これまで農水省は表向きには「どちらか一方の立場に立てず、最高裁の統一的判断を得る」としてきたが、実際は諫早湾干拓の事業官庁として開門には消極的だった。昨年1月、長崎地裁が開門しない前提の和解を勧告すると、国は開門に代わる100億円の基金案を提案、その実現に奔走した。

 今後、国は一度は決裂した100億円の基金案による和解を、別の関連訴訟の中で探る。農水省内からは「本当に和解が実現できるのか、決断には葛藤もあった」という声も聞こえるが、「どちらの立場にも立てないという主体性のない世界から抜け出せたのは良かった」との声も漏れる。

 国の控訴見送り後、沿岸4県の漁業者ら約400人が堤防で抗議集会を開き、佐賀県や県議会、漁業者団体も相次いで抗議文などを提出した。しかし、こうした地元の猛反発にも農水省はどこか冷静だ。「想定していたこと。ここからがスタート。開門が不可能となった今、現実的に基金という成果を得てほしい」。地道に漁業者の理解を得ていく考えだが、あまりに強引なやり方が招いた不信は簡単にはぬぐえないだろう。

 国が政治決断した以上、もう開門は実現しないのだろうか。やはり裁判の帰趨(きすう)が影響しそうだ。

 国は確定判決に基づき、開門するまで漁業者側に制裁金を支払い続けており、8億1990万円に上っている。この制裁金などの強制執行をしないよう国が求めた請求異議訴訟が福岡高裁に係属しており、国はここで和解協議を設定したい考えだ。ただ、仮に和解が成立せず、国が敗訴すれば、制裁金を延々と支払い続けなければならない事態に陥る。

 農水省は「それでも開門しないという決断だ」と強弁するが、判決を守らず税金から制裁金を支払い続ける国を国民が許すのか。国が判断の見直しを迫られる可能性も消えてはいない。

 今回の政治決断は和解が成立してこそ初めて評価される。失敗を許されない大きな賭けだ。話し合いを始める前から「開門しない」という結論を突きつける手法が正解とはどうしても思えない。国は事態の進展に応じ、柔軟に方針を見直していくべきだ。長きにわたる紛争の解決だけを優先するあまりこれ以上、地域を分断し、傷つけることがあってはならない。(栗林賢)

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