七日正月に行われる「ほんげんぎょう」。正月飾りなどを燃やし、この一年の無病息災を祈る=みやき町の白石神社

高さ15メートルほどに組み上げられた竹の束が一気に燃え上がる

会場に太鼓の音が鳴り響く中、地元の子どもたちが点火する

残り火を囲んで、ひょっとこ踊りなどが披露され、見物客を楽しませる

童心かきたてる正月行事

 炎の中で竹がはぜる、はぜる。「ほんげんぎょう」は正月の神送りの伝統行事。みやき町の白石神社にも、大勢の人が足を運んだ。

 「ほんげんぎょう」は左義長という宮中の悪魔ばらいの儀式が起源とされ、「どんど焼き」などの呼び名で、各地で受け継がれてきた。

 もともと1月15日の小正月の行事だが、九州では七日正月ごろが一般的。かつては、わらを芯にして竹ざさで包んだ束を家々の門先で焼き、正月の松飾りや神棚の古いお札、年末のすす払いに使った竹などを燃やした。

 その炎で書き初めの書を燃やし、高く舞い上がれば字が上手になるといわれ、燃え残りの竹を三角に折り曲げて立てておけば「泥棒よけ」に、残り火をかまどの火種にしたり、火鉢に入れておけば「火事よけ」になると信じられた。

 「火の気の行事」がなまったという「ほんげんぎょう」の名前の由来もむべなるかな、である。

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 白石神社で「ほんげんぎょう」が始まったのはごく最近の2009年。神社の祭神である“治水の神様”成富兵庫茂安(1560~1634)の生誕450年祭を開こうと、住民たちが神社一帯に生い茂っていた竹林を伐採、それを有効活用し、途絶えていた伝統行事を再興した。

 一般に「ほんげんぎょう」は夜明け早々の行事だが、ここでは午前9時ごろに点火という、やや遅めの始まり。「朝早いと、みんなが集まるのも大変だから」と、主催する成富兵庫茂安公保存会の代表藤永正広さん(67)。昔ながらの習わしより、訪れた人を楽しませることに心を砕く。

 太鼓が打ち鳴らされる中、高さ15メートルほどに組み上げた篠竹の束が燃え上がり、ホラ貝の音が響く。残り火を囲んで、ユーモラスなひょっとこ踊りや太極拳、空手の演武、子どもたちのストリートダンスが次々に披露される。総勢120人近くに上る出演者にとって、この日は「けいこ始め」の意味合いもある。

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 みやき町に合併になるはるか以前、一帯の歴史や風俗をまとめた『北茂安町の史話伝説』(1983年)には、「ほんげんぎょう」のユニークな習わしが紹介されている。

 〈鏡餅などを長い竹に挟みつけ、「七転び八起」といって、何回も表裏に反しながら焼き、焼く場所も七軒回ることになっていた。〉

 こうして焼いたもちを食べると、縁起がよく、病気もしないとされた。ある時代までの、童心をかきたてた記憶である。

 それがなくなった今、ダンスなどに出演した子どもたちには、たこ焼きや「はしまき」など会場に並んだ屋台で好きなものが食べられる決まりだ。

 「あの時食べたたこ焼きがおいしかったね、という思い出が残れば、いつか今度は、この子たちが担い手になってくれるはずだから」と藤永さん。あのころ童心をかきたてられた自分と同じように。

【余録】 四季通じてイベント

 白石神社は、佐賀藩ゆかりの初代白石邑主で、白石焼の発展に尽くした鍋島直弘を祭るため、1823(文政6)年に創建。筑後川の治水に腕を振るった成富兵庫茂安を1926(大正15)年に合祀した。茂安公保存会は「ほんげんぎょう」のほか、秋には流鏑馬(やぶさめ)などを目玉にした「時代まつり」など、四季を通じて神社一帯で楽しめるイベントを企画している。

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