花まつりの法要で、仏像に甘茶をかける子どもたち=佐賀市呉服元町の656広場

ブラスバンドを先頭に、龍谷高校の生徒たちに手を引かれ、中心市街地を練り歩いた稚児行列

式典会場には花御堂が設けられ、参拝客には甘茶が振る舞われた

656広場(むつごろう広場)

【余録】誕生仏

■「命の意味」に触れる日

 〈まつりと花、花と子供、子供とまつり、いつの世もこの取合わせは、文句なしにいいものといえる〉

 作家幸田文がこう書き記したのは、釈迦の誕生を祝う「花まつり」。一般に、4月8日の伝統行事である。

 佐賀市の中心商店街も〈この取合わせ〉でぱっと華やぐ。ブラスバンドの軽快な行進曲に合わせて、平安装束の愛らしい稚児たちが進む。仏祖の誕生を予言したとされる白象の山車が続くのも、「花まつり」ならではの光景だろう。

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 稚児行列の到着を待つ式典会場の656広場では、花御堂に手を合わせる人たちの姿が増えてきた。

 小学4年の娘と足を運んだ女性は「子どものころ、近所のお寺に甘茶をもらいに行ったのを思い出します」。水盤に置かれた仏像に、ひしゃくでチョロチョロと甘茶をかけた。

 アジサイの一種の若葉を煮出した甘茶は文字通りほの甘く、昔は防虫効果もあると信じられていた。寺院から持ち帰った甘茶を、蚊帳の使い始めに吹きかけたり、甘茶で墨をすってお札を作り、ヘビよけのまじないにする地域もあった。

 「でも、職場の若い人たちと話をしても、『花まつり』を知らない人が多くて…」と女性はぽつり。

 佐賀市内の72寺院でつくる市仏教会が毎年開いているこの催しも、以前は稚児行列と法要だけだったのが、ここ数年は管弦楽団のミニコンサートなどを交えて、よりイベント色を強めている。「空洞化」が叫ばれて久しい中心市街地に参拝客を呼び込むには苦心もある。

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 法要では、ステージ上の花御堂で、稚児たちが仏像に甘茶をかけると、花びらに見立てた紙が散華された。〈まつりと花、花と子供、子供とまつり〉を象徴する瞬間。周囲の花が一斉に咲き乱れ、甘露の雨が降り注いだという釈迦誕生の伝説そのままである。

 「私たちは、生まれたその日に命をいただいたわけではなく、両親や先祖というたくさんの命のつながりの中で、毎日毎日たくさんの命をいただきながら、こうして生かされている」。法要の最後に、市仏教会会長の岡裕信さん(69)はこう語りかけた。誕生を祝う、とは命の意味に触れることなのだと。

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 「土徳」という言葉があるそうだ。もともと浄土真宗が盛んな北陸の風土を指した表現らしいが、地域に根ざした素朴な信仰心から生まれる生活文化、といった含意だろうか。

 少子高齢化や核家族化が進み、人々と寺院との、かつてのような濃密な関係が築きにくいこの時代に、「命の意味に触れる」まつりの場も、あるいは土徳の一つといえるかもしれない。

【余録】誕生仏

 参拝者が手を合わせる花御堂には、釈迦が生まれた姿をかたどった「誕生仏」の立像が安置されている。右手で天を、左手で地を指さしているのは、生まれた直後に7歩あるき、「天上天下唯我独尊」と唱えたとされる言い伝えに基づく。「本当にそんなことがあるだろうかと思われるだろうが、それが仏祖の教えの尊さであり、偉大さの象徴」。市仏教会の岡会長は、法要でこんなあいさつもした。

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