(左から)李朝磁器、中国磁器、有田磁器

■中国風を意識商品開発

 有田焼創業401年目の年が明けた。県や町が総力を傾けたバックアップ体制も、いったんは区切りが付けられる。この間にさまざまな機会を通じて練られ、積み上げられてきた数々の挑戦や実績を、いかに効果的に今後につなげられるのか。これからが、有田の本当の底力が試される時である。

 日本の磁器は、李朝時代の朝鮮半島出身の陶工により開発されたことは、有田焼創業400年に伴う情報の広まりとともに、より多くの人々に知られるようになった。ただ、それゆえに先行する陶器の技術に段々と改良が加わり、その練度向上の帰結として磁器が完成したと誤解される方々も少なくない。実際には、日本磁器は誕生の瞬間から染付製品を基本とする中国風磁器であって、白磁主体の李朝風ではなかったのである。

 これは当時国内に流通する磁器市場をほぼ独占した中国磁器を意識した商品開発であり、おそらくは、外部との接点や情報網を持つ商人層のプロデュースによるものであろう。事前に、もっぱら中国からの輸入に頼る呉須の入手や李朝にない技法など、中国風磁器製作に要する万端の準備を整え、まずは中国磁器以下、陶器以上の隙間の市場を創出したのである。

 技術や製品には旬の時期がある。遅すぎてもだめだが、早すぎても消費者が付いてこられない。機を見るに敏の姿勢で、好機を逃さなかった有田焼。400年後の今も、そうであることを願いたい。

(有田町教育委員会学芸員・村上伸之)

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