桜馬場遺跡から出土した副葬品も紹介されたシンポジウム=唐津市浜玉町のひれふりランド

 中国の史書・魏志倭人伝に登場する「末盧(まつろ)国」をテーマにしたシンポジウムが唐津市浜玉町のひれふりランドで開かれた。大陸や朝鮮半島からの影響を受け、現在の唐津市一帯で独自の発展を遂げた末盧国の実態に迫った。

 大友遺跡、森田支石墓群、葉山尻支石墓群、桜馬場遺跡の市内4遺跡で構成する「唐津松浦墳墓群」の国史跡指定を記念して開催した。

 九州大学の西谷正名誉教授は、末盧国形成には稲作の始まりが大きく関わっていると指摘。縄文時代は血縁で集団をつくりそれぞれ孤立していたが、稲作による治水事業などで地縁が広がったと述べ、「農業共同体を形成すると統率するリーダーが登場する。そのステータスにふさわしい墳墓ができ、副葬品も埋葬された」と解説した。

 末盧国に王がいたと直接の表記はないものの、後期の王墓に相当するのが桜馬場遺跡とし、「魏志倭人伝で記録に初めて登場するが、紀元前後に成立していたのでは」と見解を述べた。

 唐津市教育委員会の仁田坂聡さんが唐津松浦墳墓群の墓制の変遷や桜馬場遺跡の副葬品を説明したほか、有識者によるパネルディスカッションもあった。

このエントリーをはてなブックマークに追加