岡本 憲幸氏

峰 達郎氏

田中 路子氏

志佐 治徳氏

 29日投開票の唐津市長選は、前市議の志佐治徳氏(69)、医療法人理事長の田中路子氏(69)、元県議の峰達郎氏(56)、前副市長の岡本憲幸氏(61)の新人4人が舌戦を繰り広げている。各候補の人柄や政治への思いなどを紹介する。

■岡本 憲幸氏(61) 無新

 家族思い奉職42年

 大学受験に失敗し、浪人中だった自分に内緒で、畳屋だった親が市役所に願書を出していた。5人兄弟の長男。「家族に尽くすのは当たり前。家計の一助になれば」と外交官の夢は諦めて奉職した。

 「真心を尽くせ、人知らずとも」の言葉を支えに老人ホーム勤務から始まった市役所人生42年。財政畑が15年と長く、8市町村の合併時の予算編成では「徹夜続きもざらで、ちょっとハードだった」。その分、旧郡部のことも勉強した。

 総務部長で定年退職し、昨春に副市長に。汚職事件や市長の献金疑惑で厳しい視線が注がれる中、市役所の支柱となってきた。午後眠気が襲わないように議会中は昼食を抜くなど真面目な性格で、陣営幹部も手を焼く頑固者でもある。

 周囲の熱意に応えた立候補を「人生の3分の2は市役所。市に尽くせということかな」と淡々と受け止める。国体にも出場したボート競技の話題になると熱が上がり、「全力でこぎ、ゴールした瞬間に意識を失う『ローアウト』って言葉がありましてね。若い頃に私も2度ぐらい…」。市民の負託を市の推進力に変えるつもりだ。現在は妻と娘家族と暮らす。菜畑。

■峰 達郎氏(56) 無新

 「白砂青松」を原点に

 薬局開業後3年目だった34歳の時、旧唐津市議5期目の父政登氏が急逝し、跡を継いだ。市議を2期8年務めて県議に転身。「市政刷新」を訴え、前回に続き2度目の市長選に挑む。

 政治を目指した原点は、予備校生の頃に感じた思いにある。東京から約1年ぶりに帰郷、電車から目にした「白砂青松」の風景に、「わがふるさとはこんなに素晴らしいんだ」と再認識した。「唐津を元気にしたい」。その考えは政治の世界に足を踏み入れて以来、一貫して変わらない。

 4年前の選挙は次点。県議の残り任期をなげうった責任を感じ、「再チャレンジの権利はない」と覚悟した。だが、「落選が決まってもみんなが事務所から帰らずに涙を流してくれた。それが忘れられない」。再び気持ちを奮い立たせた。自身の性格を「バカ正直でまっすぐ」と評し、「言わなくていいことも言ってしまう」と笑う。野球やゴルフが趣味のスポーツマンで、唐津東高弓道部で県総体団体優勝も果たした。

 座右の銘は「華夷弁別(かいべんべつ)」。「ふるさとに腰を据えて頑張れば花が咲く」という吉田松陰の教えに、今の立場を重ね合わせる。母と妻、1男2女。山本。

■田中 路子氏(69) 無新

 「趣味仕事」の経営者

 旧市時代を含めて3度目の市長選。昨年12月の出馬会見では、「崖から飛び降りる」と表現した小池百合子東京都知事の発言になぞらえ、「唐津城の天守閣から飛び降りる覚悟で挑戦する」と決意を語った。女性や母親の目線に立ち、きめ細やかな「市民第一」の市政実現を公約に掲げる。

 「趣味は仕事」と言い切る。25歳で病院を立ち上げて以来、佐賀、福岡両県で40カ所以上の医療、福祉施設を展開してきた。19歳で結婚し、出産。「子どもをおんぶして馬車馬のごとく働いてきた」と振り返り、今も1日の平均睡眠時間は4、5時間という。

 商売をしていた父親から節約の大切さを学んだ。「民間企業なら唐津は倒産する」と主張。経営者の手腕を発揮して「ハコモノ建設」など無駄を省き、ダイナミックな市政改革に取り組むつもりだ。

 唐津くんちの8番曳山「金獅子」の本町出身。子どもの頃、くんちに合わせてやってくるサーカスに夢中になり、「猛獣使い」にあこがれた。好きな政治家は田中角栄で、「有言実行」の姿勢を尊敬する。ビートルズやプレスリー、矢沢永吉の歌を愛する。娘2人、孫2人。朝日町。

■志佐 治徳氏(69) 無新

 議会報告26年続け

 母校の〓木(うつぼぎ)小学校は県下でも最たるマンモス校だった。「それが厳木中学校になると、炭坑が閉山して毎月友達がいなくなる。当時は親の事情とか分からなくてね」。思い出すだけで目頭が熱くなる。社会の不条理を感じた原点だ。

 中央大学法学部に進学。生活保護の水準が憲法に反すると国を訴えた「朝日訴訟」の勉強会を開いていたことを契機に共産党に入った。卒業後は名古屋でアルバイトをしながら、戦後三大騒乱事件の一つ「大須事件」の被告を守る会を長く手伝った。

 里帰りして31歳で司法書士の資格を取得、消費者金融問題に力を入れた。高齢の先輩町議を引き継ぎ、43歳で厳木町議に初当選。合併は「郡部切り捨て」と反対した。最後まで一緒に反対を貫いた保守系の元議員らとは今でも年1回旅行する仲だ。議会報告会を町議4期と市議3期の計26年続けてきた。「最初に公約に掲げちゃったからね」と笑う。

 穏やかな語り口にも、性格の自己診断は「短気かな」。学生のころに出合った言葉「嵐は若木を育てる」が好きで、「まだまだ私も若木です」とも。妻と娘の3人暮らし。厳木町。

※〓は竹カンムリに巻の旧字体

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