現代アートで海外に名前を知られている日本人は村上隆、奈良美智らポップアートの面々だろう。一方で、彼らの作風とはまったく異なり、緻密な描写で独自の世界観を表現しているのが多久市出身の画家池田学さんだ。すでに欧米など十数カ国から展覧会のオファーが来ており、文字通り国際的な評価を受けている。県立美術館で開催中の「池田学展 The Pen-凝縮の宇宙-」は、その池田さんの画業を網羅したファン待望の大規模個展。会場で緻密な作品に広がる壮大な世界を堪能してほしい。

 池田さんの創作のベースにあるのは、本人も語るようにふるさと佐賀の自然だ。魚釣りに興じ、昆虫を観察した幼いころの記憶が作品につながっている。さらに、気の遠くなるような細かい描写に目を凝らすと、「祈り」「願い」といった人々の素朴な思いが込められていることに気づく。

 会場を歩いてみよう。最初に目に入るのが、『夏の雲』という小作品だ。数羽の鳥が夏のぬけるような雲を背景に飛び、これから始まる「学ワールド」へ誘(いざな)う。そして、『巌ノ王』『けもの隠れ』など自然をテーマにしたモノクロームの作品が続いた後、池田さんが「初めてカラーインクを使い、初めて人工物を描いた」という作品『ブッダ』が現れる。どっしりとしたブッダの左手下に飛び交う鳥たち。『夏の雲』に始まった「自然」をテーマにした世界から、「人と自然の融合」へ作品世界が広がったことを物語る。

 池田さんのペン先が、イマジネーションに満ちた作品を生み出したのが2000年初めだ。『存在』(04年)、『方舟』(05年)、『興亡史』(06年)といった大作はもちろん、『くさかまきり』『はなかまきり』(いずれも04年)といった作品は、遊び心も感じさせる。のちに発表した『Meltdown』といった重厚なテーマの作品とはまた違った自由な魅力があふれている。

 池田さんは、「小さいころから鉛筆を使って細かく描くのが好きだった」と言う。ペン画を作品として描いたのは大学の卒業制作で、以来「特別なことではなく、ブロックを積み上げていったら、こうなったという感じ」と、その制作姿勢はいたって自然体だ。

 ただ、最近はモチーフが複雑になり、作品にどういう画面を入れるのか、考える時間が長くなったと語る。3年余の時間を費やした大作『誕生』では、自らに重いテーマを課した産みの苦しみがあったのか、「まったく手が動かなくなることもあった」と告白する。『誕生』は縦3メートル、横4メートル。本人も「初めての経験で一番時間もかかった。自分ができることはやり切った」と達成感も口にした。

 ペン画を始めて約20年。『誕生』の完成で、ひとつの大きな山の頂(いただき)に立った池田学さん。その創造性と描写力、作品に込められた情熱には、だれもが圧倒され、だまし絵的な作品への謎解きも楽しい。そうした彼の作品の先に、これからどんな表現が広がっていくのだろうか。人間の愚かさや醜さ、弱さ。そういった感情が垣間見えるような新たな境地の作品もできれば見てみたい。今回の展覧会を一つの節目に、さらに大きな扉が世界に開かれることを期待している。(丸田康循)

このエントリーをはてなブックマークに追加