「山内町史蹟誌」をまとめた古賀さんと参考にするために読み込んだ文献の数々

 武雄市武雄町の古賀尭示(たかし)さん(69)が、出身地の同市山内町の石碑や神社、仏閣を記録した「山内町史蹟誌」をまとめた。5年をかけて丹念に町を歩き、碑に記された文や文献など読み解いた。

 A4判、620ページ。三間坂など6地区と黒髪山を地域に分けて紹介し、最後に資料編を付けて8編でまとめた。山内町が合併する前の中通村と住吉村に関する書物、山内町史などを読破。図書館や県公文書館に通い、古文書解読の本や崩し字辞典も読み込んだ。

 各ページには石碑や墓碑などの説明や写真とともに、碑文の文字などを記載。重要なものには読み下し文も添えた。

 「墓だけでも何千と見た」という古賀さんが一番の思い出になったのが、山内公民館の植え込みの中に立つ「千人塚碑文」。碑面の劣化がひどく、刻字の判読は困難を極めたが、読める文字から間にある文字を推測し、以前の文書を参考にして読み進めた。戦の様子や活躍した武将を称賛する内容を1852年に記していたことが分かった。

 そのほか、黒髪山の上宮が1914(大正3)年の元日に焼失した記録を杵島郡役所の文書から見つけたり、山中で津々良大明神があった場所を探し出すなど、多くの発見もあった。見つけられなかった碑や、要人とみられるが文献に記載がない人物もいて、「Wanted!」と記して情報提供を求めている。

 「同じ日に別々の場所に建てられた地蔵さんがあるなど、いろんなところでつながっていくのが楽しかった」と古賀さん。大量の写真データが消失するなど苦労も多かったが、「今回の調査で知り得たことを縦糸とし、これから横糸を紡いでいきたい。まだ通過点です」と語っている。

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